学園のアイドル②
「リベル様! どの講義を受けますか!」
「ルイス、様はやめなさいって言ったでしょ」
「で、でも、私は下僕なので」
「はぁ……あなたがどう思うかは勝手だけど、それを前面に出されると目立つから困るの。最低でも学園にいるうちは普段通り接しなさい」
もうすぐ講義が始まる時間だが、私たちはまだ建物の外にいる。
このまま人目につく場所に出ても、彼女のせいで目立つことが確定しているからだ。
今のうちに注意しておこう。
改善するかはわからないが、やらないよりマシだ。
「普段通り……ですか」
「そうよ。あなただって今まで普通に学園生活を送っていたのでしょう? ここでの私たちはただの友人。むしろあなたのほうが先輩なんだから、私があなたに敬語を使うべきだわ」
「ひ、必要ありませんよ敬語なんて! ちょっと早く学園に入っただけですから!」
「いいから、普通にしなさい。様もつけなくていい」
「わ、わかりました。じゃあ、リベルさん」
「そう、それでいいわ」
ようやく呼び方を訂正できた。
様を外させる程度のことで、一体どれだけ言葉を交わしただろうか。
こんなにもしゃべったのは久しぶりかもしれない。
とても疲れる。
「講義は受けるんですか?」
「そのつもりよ」
「でも、リベルさん受けてもずっと寝ていますよね? 受ける意味あるんですか?」
「うっ……」
この子、急に鋭い質問をしてくるわね。
その通りだから返答に困る。
「学園の生徒は講義を受ける。溶け込むためには必要なことよ」
「なるほど! さすがです!」
「そういう必要以上の称賛とかアゲ行為もやめて。目立つから」
「す、すみません。じゃあ……本当に普段通りでいいんですよね?」
「いいって言っているでしょ」
「生意気だとか怒らないですか?」
「怒らないわよ」
なぜここまで怯えているのか。
いくら寝返ったばかりとは言え、少し過剰な気がした。
気になった私は、場所を移動しながら尋ねる。
「元からそんなに臆病なの?」
「えっと、怖がりなのは昔からです」
「私ってそんなに怖い?」
「い、いえそんな! とてもお優しいお方です!」
「嘘つかなくていいわよ」
特別な眼なんてなくても、今のが嘘だとすぐわかった。
この子は嘘が下手だ。
「ほ、本音を言うと……ふ、雰囲気がセミラミス様に似ていて……」
「私があの女に?」
「う、すみません! すみません!」
「だから謝らないでって」
私もついイラっとしてしまった。
あんな性悪魔女と似ているなんて心外だ……と思ったけど、よくよく考えたら女王時代の自分も大差なかった。
非情で冷徹な女王だった私は、常に周りから恐れられていたから。
「抜けきれてないのかしらね」
あの頃の感覚が。
私は未だに、女王の影を纏っているのかもしれない。
完全に開放されるには、まだ時間がかかりそうだ。
そして彼女が私に怯える理由も理解した。
「あなた、セミラミスにいびられていたのね」
「い、いび……そうかもしれないです」
しょぼんとするルイスは続ける。
「でも私が悪いんです。私は要領悪いし、勉強も苦手だし、頑張っても空回りすることが多くて……だから嬉しかったんです。この任務を与えられたことが」
アルザードへの潜入。
それは彼女にとって、セミラミスから与えられた初めての任務だったらしい。
彼女は張り切った。
期待してもらえたのだと。
その期待に応えなければと……。
「まぁでも、やっぱり私はダメで……」
そう言いながら、彼女はポケットからメモ帳を取り出した。
「それは?」
「毎日のことを記しているんです。あとで報告できるように。もう必要ないですけど」
「ちょっと見てもいい?」
「はい」
何となく興味が湧いたので、メモ帳を受け取った。
中にはびっしりと文字が書かれている。
一日に起こったこと。
ほんの些細な変化や気づきに至るまで。
細かく、丁寧に。
メモは大抵荒くなり、書いた本人しか読めない。
しかし彼女のメモはとても綺麗で読みやすかった。
「これをずっと続けていたの?」
「はい。潜入を始めてから毎日やっていました。これで一二〇冊目です」
「そんなに……」
継続は力なり、なんて言葉が前世にはあった。
言うは易し、続けるは難しい。
特に明確な成果が出ないような努力を、疑うことなく毎日続けるなんて苦行でしかない。
彼女の行為はまさにそれだ。
半年以上前から返信はなく、自分でも見捨てられたことを悟りながら、欠かさず続けてきた。
それは紛れもなく、彼女の努力だ。
「ねぇ、あの日はどうして私を見つけたの?」
「え? あー……リベルさんのことは入学前から知っていたので、どんな人なのかなって観察していたんです。そしたら偶々……」
「そういうことね」
偶々、なんていうけれど、それは彼女が毎日他人を見続けてきた結果だ。
学園に入って一年以上、彼女は日々の変化を見続けメモに記してきた。
人を観察する力、機微に気づく力は、努力によって培われる。
「これ、続けられるなら続けたほうがいいわよ」
「え?」
「無駄にはならないわ。きっと、この経験があなたを助ける。そういう努力よ」
「……」
私は知っている。
努力とは地道で、時に意味なんてないと思えるほど辛いものだ。
それでも続けて行けば、いつかたどり着ける。
諦めてしまった者たちを踏み越えて、確かな成果に。
「よかったら今度、他のメモも見せてくれる?」
「――はい! ぜひ見てください!」
彼女はメモ帳を握りしめ、嬉しそうに笑った。




