私は魔女じゃないです⑤
自らが魔女であることを自白したルイスを、私はレントの元へ連れて行った。
王城の執務室に案内する。
逃げるかと思ったけど、彼女はとても素直に後ろをついてきた。
あまりに素直すぎて逆に怪しい。
ちょっと隙を見せても、一切反応しない。
隣国に一人で潜入するような魔女だから、よほど優秀で強いのだろうと思ったが……。
「ここが王城……初めて入ります」
「……」
全然強そうじゃない。
たぶんだけど、今の私でも余裕で勝てるくらい弱い気がする。
セミラミスは何を考えているのだろうか。
やはり私一人じゃ判断できない。
彼の眼に相談しよう。
「――ということでお願い」
「……いや、説明してくれ」
「察しが悪いわね」
「横暴だな!」
レントの執務室に案内して、事情を説明した。
「それで、見つけた魔女というのが……」
「この子よ。名前はルイス・チャーベス。偽名じゃなければね」
「偽名じゃありません! 本名です!」
「チャーベス子爵家の令嬢か。確か一昨年くらいに養子を招き入れたと聞いたな。それが君か」
「そうです」
「……ところで」
レントは視線を下げる。
会話は成立しているが、互いに顔を見合わせているわけではない。
なぜならルイスは、土下座中だから。
「なぜその体勢に?」
「殺さないでください! お願いします!」
「だそうよ」
「……リベル、お前どんな脅しをしたんだ?」
「私は何もしてないわよ」
「嘘つくな。脅しもせずこんなに怯えるか? 尋常じゃない怯え方だぞ? 土下座しながら小刻みに震えているし」
ガクガクブルブル。
土下座中にも関わらず、バイブレーション状態だった。
さっきより怯えているのは、王子であるレントの前に連れて来たからだろう。
「私じゃなくてあなたに怯えているんじゃない?」
「俺のほうこそまだ何もしてないからな?」
「はぁ……で、この怯えは演技?」
「ああ、そういうことか」
レントは彼女を見つめる。
彼の眼は魂まで見抜く。
魔力は消せても、魂の揺らぎは隠せない。
「本気で怯えてるな」
「そう。気弱なことはわかったわ。そろそろ顔を上げてくれないかしら?」
「は、はい!」
「いくつか質問するわよ」
「何でも聞いてください! 答えます!」
「……」
レントに視線を向ける。
これも本心らしい。
私は少し呆れながら、質問を三つする。
「あなたはセミラミスの命令でこの国に来たのね?」
「はい」
「目的は?」
「じょ、情報を仕入れるためです。あの学校は世界中からいろんな人が集まりますし、この国の中心でもありますから」
「なるほどね」
情報収集が目的らしい。
レントは頷いているし、これも嘘じゃない。
「今までどんな情報を渡したの?」
「えっと、勉強の内容とか。誰と誰が仲良さそうとか……あとは美味しいお料理屋さんとか」
「……ふざけてるの?」
「ふ、ふざけてないです! 本当です!」
「本当なわけ――」
「いいやリベル、本当だ」
レントは今まで見せたことのない本気の呆れ顔をしていた。
私は耳を疑う。
それはまるで、小学生の日記だ。
「……その情報が何の役に立つのよ」
「わ、わかりません! でも、とりあえず一日にあったことをメモして、それをまとめて送っているので……」
「はぁ……なんであなたが選ばれたの?」
「そ、それはたぶん、私が魔力を消すのが得意なので……」
ぼそりと彼女は呟いた。
確かに、未だに魔力は感じない。
「消しているのね」
「は、はい。こうすれば感じると思います」
「……」
本当だ。
微かだけど魔力を感じるようになった。
彼女は魔力を完全に消せる。
聖人の眼を持つレントすら欺けるほど完璧に。
その才能に可能性を見出し、セミラミスは彼女を送り込んだのか。
でも……。
「聞くけど、セミラミスと最後に連絡をとったのはいつ?」
「えっと、報告は一週間まとめて」
「返事は?」
「……半年以上ありません……」
「やっぱりね」
これは確定だ。
レントも事情を察し、二人して憐みの視線を向ける。
「言いにくいんだが、君……」
「見捨てられているわね。セミラミスから」
「うっ……やっぱりそうなんですか!」
彼女は号泣した。
床がびちゃびちゃになるくらい。
彼女は泣きながら語る。
「そうかもって思ってたんです。でも信じたくなくて……リベルさんのことも報告したのに無視されてるし……」
「あ、報告はしたのね」
「ごめんなさい。殺さないでください!」
「殺すなんて言ってないわよ」
私がここにいることは、セミラミスにはとっくにバレている。
それを報告されたところで状況は変わらない。
目的は達成した。
のだけど……。
「どうするの? この子」
「そうだな……一応、スパイは放置できないんだが」
「拷問は嫌です! 牢屋で過ごすのも嫌です! 死にたくありません! 私はまだ何も悪いことしてないですよ!」
それはもう必死の命乞いだった。
レントの眼には見えている。
嘘偽りなく、ただただ死にたくないという彼女の本音が。
「はぁ……どうすればいいと思う?」
「私が決めていいの?」
「見つけたのはお前だし、同じ魔女だからな。この子が脅威になるかどうか、お前の眼から見てどうだ?」
「脅威には……微塵も感じないわね」
素手で勝てる自信がある。
なぜだろう?
私のほうが新人魔女のはずなのに……。
本来なら敵国のスパイは処刑するか、拷問してから牢獄行き。
女王だった頃の私ならそうしたし、そうすべきだ。
でも……。
「うぅ……死にたくないよぉ……」
あまりに可哀想だった。
「ルイス」
「は、はい!」
「セミラミスを裏切って、私の部下になる気はある?」
「あります! 今日から私はリベル様の下僕です!」
「様はいらないし、下僕もやめて」
我ながら甘い決断だ。
それでも私は、もう女王ではない。
罪を裁く権利なんて、今の私にはないけれど……。
「はぁ……いい? あなたが持っている情報を包み隠さず話すこと、こちらの情報はあちらに流さないこと。私の正体も内緒にする。命令には従って貰うけど、いいわね?」
「はい! 従います!」
「……いい返事ね」
セミラミスに捨てられた彼女と、女王の地位から陥落した自分。
少しだけ、重なる部分もあった。
こうして魔女ルイスは、私たちの側に寝返った。
役立つかどうかは……知らない。
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