私は魔女じゃないです④
魔女として生まれて十七年。
ルイスは短い人生の中で最大の窮地を迎えていた。
「リ、リリ、リベルさん!」
「大丈夫? そんなに驚いて」
彼女はニコッと微笑んでいる。
笑顔がこんなにも怖いと感じたのは、ルイスも初めての体験だった。
しりもちをつき、腰が抜けて動けない。
(な、なんで? いつ気づかれたの!?)
焦りから大量の汗を流している。
しばらく二人とも黙ったまま静寂が続き、風が吹き抜ける。
先に口を開いたのは、リベルのほうだった。
「私に何か用かしら?」
「え? あの、えっと……」
「私のこと、ずっと見ていたでしょう?」
(やっぱりバレてた! 気をつけていたのにどうして……)
彼女には自負がある。
魔力の気配を消す技術に関しては、雇い主であるセミラミスをも上回っていた。
その技量を見込まれ、彼女はアルザード王国の潜入員の一人に選ばれている。
気づかれるはずがない。
隣まで接近し、魔女だとバレなかったことが、さらなる自信に繋がっていた。
だからこその油断があった。
「私に何か聞きたいことがあったのかしら? それとも……他の理由……」
「いや、えっと……」
「今日初めて会ったばかりだと思うけど? 同じ講義を受けたのも、声をかけてくれたのも偶然じゃなかったりして」
「うっ……」
ルイスは心の中で確信する。
(終わった……これ完全にバレてるよ)
自身が魔女であることを知られている。
だからこそ、彼女は尾行に気づきながらルイスを誘導し、人気のない場所で問い質す。
完全に詰みだ。
彼女の脳裏には、この場所で起こった光景がリフレインされる。
ボコボコにされる上級生たち。
恐怖の光景。
倒れている上級生が、自分の姿と重なる。
身震いした。
(こ、殺される……このままだと殺される! 拷問の果てに殺される!)
ルイスの脳内を支配したのは言葉にならない恐怖だった。
魔女であっても死の恐怖は変わらない。
叩かれたら痛いし、血も流れる。
怯えるルイスは必死に考える。
この状況から生き残るための方法を。
(逃げられない。私よりこの人の方が強いし、逃げたらその場で殺される。人違いです、なんて言い訳も聞いてくれない……仕方ない。こうなったらあれしかない)
ルイスは一つの可能性に希望を見出した。
戦えば負ける。
逃げれば捕らえられる。
誤魔化しは通じない。
ならば、弱者の彼女がとれる手段は一つしかなかった。
「す、すみませんでしたあああああああああああああ!」
それはそれは、とても綺麗な土下座である。
彼女は地面に頭をこすりつけ、謝罪する。
「お察しの通りです! 私がお探しの魔女なんです! 悪いことしないから殺さないでください! なんでもしますから!」
誠心誠意の土下座は、降伏宣言でもある。
死なないための最終手段は、とにかく謝って命乞いをすることだった。
惨めだろうと、みっともなかろうと、死なないために全力で謝る。
その姿には覚悟すら宿っていた。
ただし、彼女は勘違いをしている。
「……え? あなたが魔女だったの?」
「……へ?」
リベルはまだ、ルイスが魔女だと気づいていなかった。
◇◇◇
お昼前からだろう。
私の後ろをついて回る生徒がいる。
朝の講義で、寝ている私を起こしてくれた女子生徒だ。
何やら熱心に私を観察していた。
(敵意は感じないわね)
一先ず泳がせることにした。
しかし放課後になっても、こっそり後ろについてくる。
私はふと思い出した。
上級生をボコった噂を、誰が流したのか。
ひょっとして彼女かもしれない。
後をつけているのも、同じ現場を目撃しようと考えているのか。
敵意はないなら、好奇心だろうか。
それなら放置してもいいのだけど、明日もずっと見られているのは窮屈だ。
ここで一度、直接話をしてみよう。
そう思って彼女を人気のない場所に誘導し、声をかけたのだけど……。
「あなたが魔女だったのね」
まさかの展開だった。
てっきりただのマスコミ的なあれかと思ったら、彼女こそが学園に潜んでいた魔女だったらしい。
いきなり土下座謝罪され、魔女であることをカミングアウトされ。
もう何が何だかさっぱりわからない。
混乱している脳を正常に戻すため、私は深呼吸をする。
落ち着いて、彼女に問いかける。
「あなたが、魔女セミラミスの部下なのね?」
「え? あ、えっと……誰かなぁ」
「自分でさっき魔女だって言ったわよね?」
「はい……そうです。セミラミス様は私の上司です」
あっさり白状した。
名前はルイス。
彼女はどうやら、本当に魔女らしい。
こうして接近しても、未だに魔力を一切感じない。
私は自分の眼を疑う。
「本当に?」
「ほ、ホントです! 信じてください!」
「信じていいの? 魔女だったらあなた、私の敵よ?」
「うぅ……やっぱり忘れてください!」
なんだろう……。
想像していた魔女と全然違う。
セミラミスの部下だから、もっとクールで狡猾な魔女を想像していたのに。
「うぅ……お願いですから殺さないでぇ……」
号泣している。
演技には見えないほどに。
これじゃ、私が弱い者いじめをしているみたいじゃないか。
私はため息をこぼす。
「はぁ……詳しい話を聞きたいから、一緒に来てもらえるかしら?」
「ご、拷問するんですか?」
「しないわよ。ちゃんと話すならね」
「話します! 全部話します!」
「……」
この魔女、本当に大丈夫なのだろうか?




