私は魔女じゃないです③
学園に現れたもう一人の魔女。
その魔女は、昨年から潜入しているセミラミスの部下、ルイスを探している。
自分を探す敵の存在を知った彼女は、関わらないことを決めた。
だが、運命は残酷である。
早々に接触し、その決意は崩れ去る。
絶対にバレないようにと息を潜め、心拍数を上昇させるルイスに対して、新米魔女リベルは堂々と眠っていた。
(完全に寝てる……)
ちょっとイビキも聞こえている。
フリ、という感じではなかった。
(え? どういうつもりなんですか? 隣に私、魔女がいるんですけど?)
ルイスは困惑する。
探している相手が隣にいるのに、この無防備さは何なのか?
(見つかってないってことなんだけど……え? こんなに無警戒で大丈夫なの?)
魔女がいることは知っている。
明確な敵がどこかにいるのに、何の警戒もなく堂々と寝ている彼女に疑問を抱く。
これは罠なのか?
それとも本気で寝ているのか?
(突いてみよう)
ツンツン、と触る。
反応はない。
(やっぱり寝ている……!)
ここでルイス、ひらめく。
悪い考えである。
(ここで始末しちゃえば、何の問題のないのでは? そうだよ! 殺しちゃえばもう安心! 私のこと無視してるセミラミス様も返信をくれる!)
とても悪い、魔女らしい考えであった。
幸いなことに寝ている本人は気づいていない。
魔法が使える彼女は、誰にも気づかれず人を殺すことなど容易い。
千載一遇のチャンスである。
新米魔女リベルも万事休すか。
「……」
(無理ですセミラミス様! 私、人なんて殺したことないんですよぉ!)
彼女は優しかった。
魔女でありながら、人間を嫌っているわけではない。
長く学園に溶け込めたのも、魔女としてのプライドが薄く、人間との共存に躊躇がないからである。
しかし彼女も魔女の一人。
毒の魔女セミラミスの部下である。
セミラミスの目的を知る彼女は、悪い魔女の手下なのだ。
(で、でもここでやらないと、いずれ私がピンチになるし……セミラミス様は全然返信くれないし! やっぱりやるしか……)
「すぅ……」
「……」
(やっぱり無理です! ぱっと見ただの女の子じゃないですか! 殺せるわけないですよぉ! いやでもぉー)
そんな葛藤を九十分続けて、気づけば講義は終わっていた。
生徒たちが部屋を出て行く。
「はぁ……まったく集中できませんでした」
本人は、未だ隣で眠っている。
もう講義も終わったし、この教室は次の講義でも使わないから施錠される。
それを理解しているからか、出て行く生徒たちはチラッと彼女を見ていた。
しかし声はかけない。
怖がっている。
皆、あの噂を知っているからだろう。
(私以外にも見ていた人がいたんだ……)
噂を広めたのはルイスではなかった。
教室から人がいなくなり、ついに二人だけになる。
このまま放置しても、誰も責めない。
「……あの、もう終わりましたよ」
「ぅう……あれ? みんないない」
「終わったので教室を出ました。施錠される前に出たほうが、い、いいと思います」
「……そうね。ありがとう」
声をかけ、起こしてあげた。
教室を出て、ルイスはため息をこぼす。
(何をしているんだろう、私)
「ねぇ」
「は、はい!」
リベルに声をかけられ焦るルイス。
まさか今の一瞬でバレたのかと思ったが……。
「声をかけてくれてありがとう。あなた、優しいのね?」
「え? あ、いえ……」
予想外の反応に戸惑う。
上級生をボコボコにしていた女性とは思えないほど、優しく丁寧な感謝だった。
「私はリベル。編入したばかりで慣れていないけど、これからよろしくね?」
「あ、はい。ルイスです。よろしくお願いします」
二人は握手を交わす。
リベルはそのまま立ち去り、後姿を見つめる。
「……普通にいい人そう……は!」
(ダメだダメ! あの人は魔女で私の敵なんだから!)
ぶんぶんと首を振り、頬をぱちんと叩く。
「そうだ。もうどうせ面識できちゃったし、逆に彼女のことを探れば……」
今のところの情報は、第二王子の側役で、同じ魔女で、魔女を探しているという情報だけ。
なぜ第二王子の側役が魔女なのか。
そもそも彼女は何者なのか。
情報が足りない。
(それがわかれば、弱みを握れるかも? そしたら物騒なことせず、逆に手下にできるんじゃ! そうだそうしよう! それなら血も流れないし!)
ルイスはぐっと拳を握る。
「そうと決まればさっそく行動!」
ルイスはリベルの跡を追った。
彼女は魔女としての気配を消すことに長けている。
隣に座っても気づかれなかったのだから、よほどのことがなければバレない。
そう確信した彼女は、一日中リベルを見張ることにした。
朝から昼、昼食後から午後の講義も。
同じ講義を受けて、なるべく距離をとり、行動パターンを分析する。
(普通に生活してる……あれで探しているの? 全くそうは見えないけど……)
一見して普通の生徒として振る舞う彼女に疑問を抱きながら、放課後になった。
皆が帰宅を始める。
ルイスも帰宅する時間だが、リベルの学園外での様子も可能な限り観察することにしていた。
後を追う。
リベルは学園の門とは逆方向に進んでいた。
(どこ行くんだろう?)
庭の林に入っていく。
そこはかつて、彼女が上級生をボコボコにした場所だった。
視界から彼女が消える。
(あ、あれ?)
「こんばんは、ルイスさん」
「ひょえ!」
いきなり背後に現れたリベルに驚き仰天する。
そのまま尻もちをついた彼女を、リベルはニコッと笑顔で見下ろした。




