学校へ行こう②
「そろそろ休みがほしいわ」
朝、私はレントに告げた。
彼は朝食の手を止めて、私と向き合う。
「ちゃんと寝る時間は確保されているじゃないか」
「どこのブラック企業よ!」
「ブラック企業?」
彼はキョトンとした顔を見せる。
この世界に存在しない言葉だから、彼には通じない。
私は大きくため息をこぼす。
ここに来て二週間、毎日彼の補佐として仕事をしている。
書類仕事、会議への参加、視察、荒事の解決などなど。
休まる暇もない。
「せめて七日に二日は休みが欲しいわ」
「一日休みたいってこと?」
「そうよ」
「それは無理だろ」
キッパリと断られてしまった。
驚いたフリをする。
「何を驚いたフリをしてるんだ」
フリだと速攻でバレてしまった。
彼の眼はずるい。
「お前だって女王だったんだ。王族の多忙さは理解しているだろう?」
「……忘れたわ」
「嘘つくなよ」
「ぅ……」
確かに知っている。
女王だった時代を振り返ると、一日心置きなく休めた日なんて一度もなかった。
思えば女王になる前から、体調不良以外でまともに休んでいない。
それが当たり前になっていたし、女王としての威厳もあったから、口には出さなかったけど……。
「ありえないでしょ。社長だから毎日出社して働け、とか暴論よ」
「さっきから何の話を……休みたいのはわかった。ここのところ遠出も多いし、お前には荒事を引き受けてもらっているからな」
「引き受けてるというか、強引に連れていかれているだけなんだけど」
「側役だからな」
やっぱり失敗だったかもしれない。
彼の手を取ったのは。
「まぁでも、一日くらいなら休みにしてもいいぞ」
「本当?」
「頑張ってもらっているのは事実だし、ここに来て間もないのに詰め込みすぎたとも思っている。今日一日は、自由にしていいぞ」
「やった!」
やはり正解だった。
彼の手を取ったのは。
「それじゃ休むわね」
「急に元気になったな……そんなに元気なら大丈夫だろ」
「全然元気じゃないわよ」
「楽しそうにステップ踏みながら言われても説得力ないぞ」
早く部屋に戻って二度寝したい。
女王時代には絶対にできなかったことができる。
そう思うとワクワクする。
自然とステップになって現れてしまっても仕方がない。
レントはため息をこぼす。
「はぁ……お前の扱いは難しいな」
「簡単よ。必要ない時はぐっすり休ませて、必要になった時だけ呼んでくれたら、ほどほどに頑張るわ」
「ほどほどって」
「結果はちゃんと出すわよ」
レントはもう一度、大きなため息をこぼす。
書類仕事をしながら続ける。
「簡単に言ってくれるな。お前を側役にすることだって、無理矢理ねじ込んだんだ。兄上を納得させるのも苦労したんだぞ?」
「そうなの? あっさり認めていたように見えたけど」
「そんなわけあるか。あの人は誰より合理的だ。情よりも国の未来を優先する。だからこそ、理論武装でなんとか押し切った」
「へぇ……」
私は彼の兄と話した光景を思い浮かべる。
そんな人には見えなかったけど。
「お前の存在は、この国にとって有益であり、聖人である俺を支えるだけの力がある。加えて女王だった経験はこの国に必要だ。俺が管理するという名目で、なんとか納得してもらったんだよ」
「そう? じゃあ頑張って管理しないとね」
「どの立場で? まったく、簡単じゃないことくらいわかっているだろ?」
「……そうね」
もちろん理解している。
側役という立場も、その位置にいる意味も。
私は今、誰よりもレントの傍にいる。
彼を支える存在として、周囲の人間からは見られている。
そんな私が、わかりやすくサボったりすることは許されない。
女王時代よりは楽になっただけ、まだマシだと思うべきか。
「それとも、あのまま死んでいればよかったと思うか?」
「それはないわね。感謝はしているわ」
今の私が生きているのは、レントが助けてくれたから。
ちゃんとわかっている。
感謝もしているし、恩も感じている。
だからこそ、私はここにいるのだから。
「感謝しているなら、少しは気遣ってくれ」
「それはそれ。私はもう女王じゃないし、自分を偽る必要もなくなったもの。だから、可能な限り仮面はもうつけないと決めたの」
「……」
「怒った?」
「いいや、それじゃまるで、俺の前では自然体でいられるって聞こえるな」
「――! 否定はしないわ」
ちょっと恥ずかしい。
素を見せていいと思っている、ことを自覚した。
「レントはどっちの私も知っているでしょう? それに、どうせ長い付き合いになるなら、初めから悪い所をいっぱい見せて慣れてもらわないと」
「ははっ! 長く、か。ここにいたいとは思ってくれているんだな」
「別に、他に行く場所もないし。母国に目をつけられてるし、魔女にも睨まれているし、今のところここが一番安全ってだけよ」
「それはよかった」
レントは嬉しそうに笑う。
その笑顔がなぜかちょっぴり腹立たしかった。
本当にどうして。
彼の前だと、自分を取り繕おうと思わないのだろうか?
「とにかく、私は休みたいの」
「わかった。今日は休め。明日からまたよろしく」
「そうするわ」
部屋から出ようとして、立ち止まる。
「どうした?」
「……本当に必要なら、呼んでもいいわよ」
「――! ああ、そうするよ」




