学校へ行こう①
去り際、魔女セミラミスは囁いた。
「お別れの前にいいことを教えてあげるわ」
「必要ないわ。どうせロクなことじゃないでしょう?」
「ふふっ、そうでもないわ。私のこと……毒の魔女は誰かが勝手につけたあだ名。私のもう一つの名前は――強欲の魔女」
「強欲……」
七つの大罪の一つ、強欲。
その名を冠する魔女とは、いささか大それた名だ。
私は失笑する。
「あなたにピッタリじゃない」
「ふふふっ」
彼女は笑う。
怒っているのか、喜んでいるのか。
理解できない笑顔だ。
「自己紹介がしたかったの?」
「まさか。私のことを知ってもらいたかったのよ。私は強欲、ほしいものは手に入れる。私が欲しいものは全てこの手に掴みたい。そのためなら何でもするわ」
「そう? 好きにすればいいじゃない。私の邪魔をしないなら、あなたが何をしようと勝手ね」
「あらあら、女王がそんなことを言っていいのかしら?」
「元よ。あなたがそうしたんでしょう?」
私たちは睨み合う。
女王でなくなった今の私に、母国をどうこうする資格はない。
後のことはお姉様が頑張ってくれたらいい。
私はもう、十分に頑張った。
「ふふっ、私が強欲なら、あなたは怠惰ね」
「いいわね、怠惰の魔女。そうありたいと思うわ」
「残念だけど、退屈はしないわ。あなたのすぐ傍に、もう一人魔女がいるもの」
「――!」
もう一人?
私以外に魔女がいるというの?
そんなことを……。
「教えていいのかしら?」
「そのほうがスリルがあるでしょう?」
「危機管理がなってないわね。そんなんじゃ女王の補佐は務まらないわ」
「私に危機なんてないのよ。強欲な私は、スリルも楽しみたい。ただそれだけ……」
彼女の気配が消えていく。
本当に立ち去るようだ。
心の奥でホッとする。
もしも戦いになったら、本物の魔女に今の私が勝てるだろうか?
難しいだろう。
レントが来てくれることを願うしかない。
「いずれ必ず、あなたの国を手に入れてあげる。その日まで、怠惰でいられるといいわね」
「……」
セミラミスは消えた。
不吉な笑みと、言葉を残して。
「……まったく、面倒なことばかりね」
◇◇◇
翌日。
私はレントと共に、東にある小さな村を訪れていた。
村は大きな二つの山に挟まれ、渓谷の近くに位置する。
最近、渓谷に野盗が屯し、近隣住民の生活を脅かしているそうだ。
事前情報によると、野盗たちは数匹の魔物を飼っている。
魔物は人間には懐かないが、強者に対しては本能的に服従する。
その性質を利用し、魔物を使って悪だくみをする人間もいる。
私が女王だった時代も、魔物をオークションにかけている闇市場とかがあった。
「あんな凶暴なのを飼って何が楽しいのかしらね」
「同感だな。危険なだけだ」
「ところで、なんで私たちだけなの?」
今回は野盗退治に赴いている。
のだが、なぜか参加しているのは私とレントの二人だけだった。
以前のように騎士団を引き連れている、というわけでもない。
「魔物の群れよりは楽かもしれないけど、数もそこそこいるって話じゃない。二人だけっておかしくないかしら?」
「……出発前に説明したじゃないか」
「そうだったかしら?」
「聞いていなかったのか」
「聞いてた……気がする。あーなんとなく思い出してきたわ」
セミラミスが去った後、彼女と邂逅したことや話した内容をレントに伝えた。
それはもう驚いていた。
ついでに怒られた。
そういう時はすぐに俺を呼んでくれ。
どこでも駆け付けるから、と。
セミラミスの結界の中だったし、呼んでも来れなかったと思うけど。
言い訳も面倒なので、そうするわと一言答えた。
そして重要なのは、セミラミスが最後に言い残したことだ。
「お前の近くにもう一人の魔女がいる。それが事実だとしたら、身近に置く人間には慎重にならないといけない」
「だからって、騎士まで置いておく必要ある? 魔女は女性よ」
「それが嘘かもしれないだろ? 魔女と見せかけて、魔人。もしくはもっと別の何かかもしれない」
「嘘はついてないように見えたけど」
直感的に、彼女は本当のことを言っていた気がする。
ただの勘なので、根拠はない。
セミラミスの発言、性格からの憶測だ。
レントが警戒するのも理解はできる。
「私はいいの?」
「お前が一番信用できるだろ」
「ハッキリ言うのね」
「当たり前だ。俺はお前が、アリエルだったことを知っている。だから傍に置いているし、信用できる」
彼はまっすぐ私の眼を見ながらそう語った。
信用してもらえるのはありがたいけど、あまり信用され過ぎるのも困りものだ。
今日みたいに、面倒な場に駆り出される。
私たちは平然と歩みを進め、野盗のアジトにたどり着く。
「なんだてめぇら? ここに何しに来やがった」
「俺はレント・アルザードだ。お前たちを拘束しにきた」
「アルザード……王族がたった二人で乗り込んできただぁ? 馬鹿なんじゃねーのか!」
野盗たちが武器をとって集まってくる。
すでに臨戦態勢だ。
「馬鹿はお前たちだ。俺が剣を抜くまでもない」
「あん?」
「ちょっと、レント」
「制圧するだけだ。魔物より楽だろう?」
「……」
最初からそのつもりで連れてきたわけね。
とにかく私を働かせたいらしい。
私はため息をこぼす。
「おいおい、女を献上して許してもらおうってか? そんなもんで」
「うるさい。だまって凍りなさい」
「はがっ!」
一瞬にして冷気を放ち、野盗たちを氷漬けにする。
確かに制圧で、他に目がないのなら、こういうこともできる。
「さすが。一緒に来てもらって正解だったな」
「……」
なんだかムカつく。
いいように使われているみたいで……。




