プロローグ②
お姉様は私の背後から、大声で悪態をついた。
聞こえないふりをする。
応えたところで意味はないから。
実際、彼女の言う通りだ。
私は女王として、すべきことは何だってやってきた。
そんな私を、人々は残虐非道の鬼女王と呼ぶ。
合理主義で情は通じないとか。
別に構わない。
私はなんと呼ばれようと……。
「なんて、思っているわけないじゃん」
私は自室に到着すると、ベッドに倒れ込んで悪態をついた。
枕に抱き着き、大きくため息をこぼす。
「はぁ……今日も疲れた」
何度もため息をこぼして、私はだらけた顔を見せる。
多くの人は、私を完璧主義者とか、弱みを見せず、感情も表に出さないと思っている。
まさに女王として君臨するための存在。
「あー、面倒くさい」
実際はどうか?
この通り、内心では働きたくないし、できることなら一日中ゴロゴロしていたい。
そう、これが本当の私だ。
私は女王になんてなりたくなかった。
「でも仕方ないじゃない。私がやらないといけなかったんだから……」
私は元々、この世界の人間ではなかった。
もっと別の世界で生まれ、不運にも事故にあって命を落とした。
そんな私の人生を不憫に思ったのか。
女神様は私を、この世界に生まれ直させてくれた。
それには感謝している。
しているけど……。
「何も王族にしなくていいじゃない」
女神様はちょっぴり意地悪なのだろう。
前世で一般人でしかなかった私が、今世では王族の一員に生まれ直すなんて。
おかげで私には自由なんてなかった。
王女なんだからさぞ贅沢できただろうって?
確かに裕福ではあったけど、想像以上にプレッシャーが大きかった。
私の父親、前国王は厳格な人で、あの人のほうが情なんて感じなかった。
私にはシエリスという姉がいて、基本的に王になるのは一番上の兄弟や姉妹だ。
しかし前国王、すなわち私たちのお父様は、格式や立場よりも能力で人を見ていた。
私は人生二度目だし、前世ではそれなりの学校に通って、読書も好きだったからいろんな本を読んでいた。
参考書から歴史本、漫画も大好きだ。
王の振る舞いや礼儀作法、政治についてもそれなりの知識があった。
これは大きなアドバンテージだった。
私がまだ十歳の頃、父が国の政策で困っている時、私はアドバイスをしてしまった。
以前に漫画で読んだシチュエーションにそっくりだったから、こうすればいいじゃないかと言ってしまった。
父はその通りに実行し、無事に問題は解決した。
「失敗したなぁ」
そう、失敗だ。
あれが一番の悪手だったと、今ならわかる。
困っている父を見て、子供ながらに何とかしたいと思ってしまった。
あの日以来、父は私に国のことで相談をしてくるようになった。
頼られるのが嬉しかった私は、前世の知識をフル活用して、父の悩みに応えていった。
いつしか周囲も、そんな私を特別に見るようになった。
子供のうちから大事な会議に参加したり、国土の一部を任せられ、領主の役割を担って経験を積んだり。
今から思えば、あれもいずれ女王になるための練習だったのだろう。
二年前。
父は病でこの世を去った。
遺言には、次の王は私に、と書かれていた。
周囲の貴族たちも私を推薦し、私はユーラスティア王国の女王となった。
多くの人が祝福してくれる中で、お姉様は特に怒りを露にしていた。
元から仲が良くなかったけど、女王になったことが決定的となり、彼女は私の邪魔をしようと画策している。
大抵は無意味で、私は気にしないようにしているけど……。
「国民からは重圧、貴族からも期待、その上、身内からは恨まれるとか……私に味方はいないの?」
女王としての私には多くの支持者がいる。
けれど、本当の私を知る者はいない。
もしも私がこんなだらしない人間だと知ったら、人々は幻滅するだろう。
お父様から国を任された身だ。
失敗はできないし、期待には応えなければならない。
表の仮面は分厚く、毎日一人になってようやく落ち着くことができる。
「……こんな生活、いつまで……」
続けなければならないのだろうか?
いいや、わかっている。
死ぬまでだ。
私が女王であるうちは、この日々に終わりはないだろう。
逃げ出せるなら逃げたい。
本当の私は、のどかな場所でゆったりと、好きな人たちと一緒に……幸せに暮らしたいだけなのに。
「本当に意地悪ね。女神様は」
使命さえなければ、そんな未来もあったかもしれない。
今ではもう、夢物語だ。
◇◇◇
夜の王城に明かりが灯る。
そこは普段使われていない部屋だった。
「準備はできているのね?」
「はい。もちろんでごさいます。姫様」
「失敗は許されないわよ」
シエリスの前に立っているのは、フードを被った女性だった。
彼女は王城で働く者ではない。
そもそも、ただの人間ではなかった。
「失敗すればどうなるか……わかっているのでしょうね?」
「はい。失敗などありえません」
「そう」
「姫様のほうこそ、私との約束を違えないでください」
「わかっているわ。私が女王になったら、あなたを側近として迎え入れる。必要な物は全て与える……そうでしょう?」
「はい。代わりに私は、あなたが女王として君臨できるお手伝いをします」
二人は友人でもない。
ただの協力者、否……共犯者である。
そして共犯者はもう一人いる。
遅れて部屋に入ってきたのは、位の高い貴族の男性だった。
「本当に大丈夫なのか?」
「もちろんです。ランド様」
女王の婚約者もまた、悪事を企てる一人だった。
彼らの目的はただ一つ、女王を引きずり下ろし、自分たちがトップに立つこと。
それぞれの思惑はあれど、手段は一致していた。
「失敗はない。今夜、決行するわ」
「わかった。僕も準備はしておこう」
「ここから先は私の役目です。どうか期待してください」
「ええ、期待しているわ。毒の魔女セミラミス」
彼女は魔女と契約を結んだ。
その契約は絶対であり、違えることはできない。