天才魔法少女④
ホードの街に集まった魔物たちの群れは、意思を持っている。
ただ縄張りを広げ、棲家を探していたわけではない。
彼らは一つの命令を受け、行動している。
――アルザード王国を侵略せよ。
それこそが、魔女から魔物に与えられた命令である。
命令をしたのは、毒の魔女セミラミス。
アリエル王女に呪いをかけた魔女である。
魔物の身体には魔力が流れる。
魔女も同様である。
魔物は本質的に、強者に従う。
それは自然界では当たり前のことであり、肉食動物たちと同じだった。
彼らは魔女に敗れ、支配下となった。
故に彼女の命令には逆らえない。
彼女は魔物と視界を共有していた。
「何を怯えているのかしら? さぁ行きなさい」
湖のほとりに集まった魔物たち。
しかしそれ以上進めずにいた。
彼らは何かを感じ取っている。
視界を共有しているだけで、彼らの心を覗くことはできない。
魔物に心があることすら、彼女にはどうでもいいことだった。
「何をもたもたしているの」
苛立ち。
すぐ先に街がある。
そこを襲い、人々を食い殺す。
人は国の血液だ。
血液がなくなれば、国は動かない。
人間の身体と同じように。
故に彼女は魔物に命令を出し、人里を襲わせている。
「いい加減に……!」
魔物の視界を通して映るのは、騎士団十数名を従えているレント王子だった。
セミラミスは舌打ちをする。
「また出たわね」
聖人レントは彼女にとって、目の上のたんこぶだった。
彼さえいなければ、アルザード王国は容易く攻め落とせる。
そのための種はすでに撒いてある。
しかし、レントの存在が障害となり、最後の一手を打てずにいた。
「ここまでね……レントが出てきたのなら、この戦力じゃ勝てないわ。せいぜい怪我を負わせる……」
セミラミスは気づく。
レントの隣に、新しくも知っている顔があることを。
彼女は笑みを浮かべた。
「そう。あなたはそこに身を潜めたのね? 元女王陛下」
アリエル元女王の捜索は継続している。
しかし見つかるはずもなく、もはや王国の民の半数も諦めていた。
仮に戻ってきたところで、その姿では女王を名乗れない。
もはやアリエルは死んだのだ。
彼女は脅威にならない。
ただ、行方には興味があった。
すべてを奪われた元女王が、どこで惨めに朽ちていくのか。
「滑稽ね。かつて女王だった者が、今は他国の王子に仕える従者なんて、無様だわ」
魔物の視界越しにあざ笑う。
彼女は気づかない。
気づけない。
視界しか共有していないから、彼女の肉体に何が起こっているのか。
セミラミス自身すら予想しなかったことが起こっていることに。
「……?」
視界の中で、アリエルが歩き出す。
一人で前に出てくる。
(どういうつもり? まさか、囮にでもなる気かしら?)
違う。
すぐに感じ取った。
何がおかしい。
何かがある、と。
「……何?」
この寒気の正体は?
感じるはずのない圧力を、魔物の視界越しに感じていた。
ありえない。
セミラミスの脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。
「ありえないわ」
呪われ別人になっただけの彼女が、そこにたどり着くことはない。
手に入れるはずがない。
理屈では理解していても、セミラミスの中に流れる魔女の力が、沸々と煮立ってゆく。
視界の中のアリエルは魔物たちの前で立ち止まり、そのまま湖の反対岸へ向かった。
逃げている様子ではない。
備えている。
違和感はより大きいものとなり、やがて――
「馬鹿な」
確信へと変わった。
暗い部屋で座って視界共有をしていた彼女も、思わず立ち上がるほど驚く。
(アリエルが魔法を使った?)
魔女だからこそわかる。
あれが魔法であることを。
(女王は精霊使いの才能がなかった。使えるはずがない。それにこの感じは紛れもなく……私が使う魔法と同種……)
「……ふふっ、とんだ誤算だわ」
呪いが転じて、彼女に魔力を与えてしまった。
計算外だった。
しかし、セミラミスは笑みをこぼす。
◇◇◇
アリエルが失踪した王城は慌ただしかった。
彼女の仕事を大臣たちが分担し、滞りないように進めていく。
さらには近隣諸国との会談はすべてキャンセルした。
そうするしかなかった。
女王が不在なのだから。
「どうするのですか? このまま不在を隠し通すことなどできませんぞ!」
「ならば正直に発表するのか? 失踪したと!」
「馬鹿な。できるはずが……」
「でしたら、こういうのはいかがでしょうか?」
声を上げたのはシエリスだった。
彼女はアリエルの代わりに、会議に参加している。
その傍らには顔を隠し、セミラミスも同席していた。
「アリエルは体調を崩し、しばらく療養をしています。代わりはこの私、姉であるシエリスが引き受けましょう」
「し、しかしそれも時間の問題では?」
「いいではありませんか。見つからなければ、そのまま王位は私に譲った。ということにすればいい。皆様が危惧しているのはアリエルの不在より、女王が不在という事実でしょう?」
「……」
シエリスの指摘は当たっていた。
女王が不在になってしまった、それこそが問題なのだ。
この際、誰が女王であってもいい。
代わりが必要なのだと。
国民を安心させ、導く者が……。
「私も補佐します。ここは彼女に任せてみてはいかがですか?」
「ランド公爵」
彼も王国で発言権がある。
二人が共謀し、女王の交代を認めさせる。
それこそが狙いだった。
アリエルが見つからない以上、他に選択肢などない。
「そうするしかありませんね」
「では、決まりですね」
議会により、シエリスを女王代理とすることが決定した。
終了し、席を立つ。
シエリスはセミラミスと共に廊下を歩く。
「あなたにも働いてもらうわよ」
「もちろんです」
と、口では言いながらセミラミスは考える。
(残念だけど、あなたにアリエルほどのカリスマ性はない。あなたじゃこの国の女王にはなれないわよ)
最初から、セミラミスはシエリスに期待していなかった。
アリエルを引きずりおろす理由となる人物。
協力者、手駒が欲しかったから、利用したに過ぎない。
(やっぱり、もう一手ほしいわね)
彼女の目的はただ一つ。
魔女による、人類の管理である。