天才魔法少女③
「任せるというのは、私一人でどうにかしろという意味でしょうか?」
「もちろん必要なら手を貸す。それは、お前が考えている作戦次第だな」
「……」
彼は意地悪だ。
もしかして、最初から私に丸投げするつもりで連れてきたんじゃ……。
「無理か? それなら強制はしない。お前でも解決できないとなると、俺が先陣を切って魔物と戦うしかなさそうだなー」
何ですかその言い方は。
まるで私じゃ力不足みたいなことを……。
少しムカついた私は、勢いで口を動かす。
「っ……わかりました。やればいいんですね」
「おっ、じゃあ頼む」
「くっ……」
なんだかうまく乗せられた気がする。
私ってこんなにも負けず嫌いだったっけ?
女王時代は煽られ……ること自体あまりなかったけど、ここまで悔しいとか思ったことないのに。
どうして彼の前だと、感情が隠せないのだろう?
「作戦は?」
「……要は、この地域から追い出せばいいのですよね?」
「ああ」
「必ずしも、殲滅する必要はありませんね?」
「ないな。問題になっているのは、彼らがここを新しい棲家にしてしまうことだ。人里から離れた場所を縄張りにするなら、そこに近づかなければいいだけだ」
「わかりました」
私はレントに背を向けて、一人で湖のほうへと歩き出す。
レントが背後から声をかける。
「手助けは?」
「必要ありません。皆様はそこで待機をお願いします」
「わかった。気をつけてな」
「……はい」
魔物たちは警戒している。
こちらの動きは見ながら、今のところの森の中に潜んだままだ。
聖人であるレントの気配に気圧されているのか。
それとも……。
「私の魔力に怯えているのかな?」
魔物たちに視線を向ける。
一歩下がったのが気配でわかった。
彼ら魔物の肉体には魔力が流れている。
私の身体にも、彼らと同じ魔力が流れていた。
通常、人間に魔力はない。
だからこそ、精霊と同調してその力を行使できる者もいる。
彼らが警戒しているのは、私が何者なのか計りかねているからだろう。
人の形をしながら、自分たちと同じ気配を持つ存在に、今まで出会ったことがないのかもしれない。
ある程度の距離まで近づくと、さすがに殺気を感じる。
「これ以上は……襲ってくるわね」
限界ギリギリまで近づいた。
ここから一歩でも近づけば、彼らも意を決して襲ってくるだろう。
ここはすでに、彼らの縄張りとして認識されつつある。
「魔物も生きるために必死なのね」
私は魔物を警戒しつつ、彼らがいるほとりとは逆方向へと歩いて行く。
もちろん逃げるわけではない。
大事なのは方角だ。
◇◇◇
魔物とにらみ合うリベル。
その様子を、言われた地点でレントと騎士たちが見守っている。
「殿下、本当にお一人で大丈夫なのですか?」
「不満か?」
「いえ、そんなことは!」
「ははっ、冗談だ。心配してくれてありがとう。だが、いらない心配だよ」
レントはリベルの背中を見つめる。
その視線には期待と、確信が宿っていた。
「彼女がやれると言ったんだ。ならやれる。俺はそれを……信じている」
誰も知らない。
目の前にいる彼女こそが、かの勇ましき女王である。
彼女は女王時代、できないことを口にしなかった。
どんな方法であっても必ず結果を残す。
有言実行の王であった。
そんな彼女を、レントは心から尊敬している。
◇◇◇
人間と変わらない。
生きるために場所を探し、肉を食らい、争っている。
彼らに恨みはないけれど、ここは人間にとっても必要な場所だ。
安々と渡せない。
だから――
「ごめんなさいね」
私は湖の反対岸へとたどり着いた。
ちょうど対極に、魔物たちがいる。
この位置、角度。
あとは魔法を発動するだけだ。
私は両手を前に突き出す。
「炎よ」
通常、精霊使いが扱える属性は一つだけだ。
そこも魔法が使える魔女との差。
私は、やろうと思えば元素を操れる。
しかし、この場にはレント以外にも人目があり、私がカモフラージュで身に付けている精霊の腕輪は、炎属性の赤に染まっていた。
故に、この場で扱えるのは炎の魔法のみ。
周りは森だ。
無暗に炎を使えば、大火事になってしまうだろう。
だから、狙いは魔物ではない。
「もっと大きく」
生成した火球をより大きくして、湖の上に浮かばせる。
炎は生来、動物に恐怖を与えるものだ。
炎は怖い。
炎を上手く扱い、生活に取り入れている動物は数えるほどしかいない。
人間もその一つ。
魔物も種類には寄るけど、基本的には動物と同じだ。
彼らは本能的に炎を恐れる。
故にこれは威嚇だ。
ここに、お前たちを脅かす炎があるという。
「さぁ、落とすわ!」
生成した巨大な火球を、そのまま湖に落下させた。
落下した火球は水とぶつかり反応し、爆発反応を起こす。
その反応によって押し出された水は高波となり、魔物たちがいる方角へと流れた。
つまりは洪水だ。
根がしっかりした木は耐えられても、動物や魔物はひとたまりもない。
大洪水によって魔物たちは、森の外へと押し出される。
「ふぅ……任務完了ね」
森の外へと魔物を追い出した。
彼らは見たはずだ。
湖に浮かぶ太陽のような炎の塊を。
それが降り注ぎ、大洪水を起こした。
こんな恐ろしい場所に住もうなんて、人間でも考えない。
彼らは新たな棲家を探して移動する。
この辺りにホード以外の街はない。
一先ず、人がいない場所を見つけてくれることを願うばかりだ。
私はレントの元へと戻る。
「魔物を追い出し、恐怖を与えたか。これならここを縄張りにすることはないな」
「言いつけ通り、任務は果たしました」
「ああ、よかったよ。ただ……」
じとっと私を見つめるレントは、ずぶ濡れだった。
後ろの騎士たちも同様に。
「お前、わざとだろ?」
「まさか。偶然です」
「……」
さっきのお返しだよ。