天才魔法少女②
アルザード王国の王都西部。
森と山に囲まれた先に集落があり、その規模は王都に次ぐ。
広大な自然に囲まれたのどかな街、ホード。
人口は王都の半分以下だが、穏やかに暮らせる街として人気がある。
「これで合っているかしら?」
「さすが、よく知っているな」
「アルザードの情報は一通り目を通してあるわ。私が知っている範囲だけど」
女王時代に身に付けた知識だ。
近隣諸国の主要都市の情報は、余すことなくインプットしている。
万が一、戦争になってもいいように。
自国を守るために身に付けた知識を、まさかその国を守るために使うことになるとは思わなかった。
本当に何が起こるかわからない人生だ。
「もうすぐ到着する」
「馬車で二時間ってところね。それにしてもっ!」
ガタンと揺れる。
お尻が浮いて、少し痛い。
「異常に揺れるわね」
「普段は使わないルートを使っているからな。整備が不完全なんだ」
「そういうこと」
本来の距離感なら、馬車で三時間はかかるはずだ。
それを二時間に短縮したのは、有事の際にしか使わない別のルートが用意されているから。
行商人や一般人は使わない特別な道順。
普段は使わないから、整備が行き届いていない理由もわかる。
「それと、今は周囲に人がいる。悪いが相応の態度で接してくれ」
「そうね」
ごほんと咳払いをする。
今の私は彼の側役だ。
私が彼にお仕えしている身分で、馴れ馴れしく話していては周囲に示しがつかない。
「何なりとご命令ください。レント様」
「うっ……」
「どうかされましたか?」
「なぜだろうな? お前にかしこまられると、背筋が凍ったような寒気がする」
「……我がまま言わないでくれる?」
「慣れるまで時間がかかりそうだ」
思っていた反応と違ったけど、中々面白い。
偶にメイドっぽく振る舞って、彼をからかってみよう。
そんなことを考えていた。
これから危険な場所へと向かうのに、一切の緊張をしていない。
不思議と安心感を抱いていた。
それはきっと、彼も同じなのだろう。
「落ち着いていますね」
「ん? 慣れているからな」
「さすがレント様です」
「うっ……こっちには慣れないな」
「ふふっ」
やはり面白い。
彼の弱点の一つとしてしっかり記憶しておこう。
「慣れもあるが、今はお前もいるからな」
「私ですか?」
「ああ、負ける気がしない」
「あまり私のことを当てにしないでくださいませ」
「ダメだな。すごく当てにしている」
「……意地悪なお方ですね」
「お返しだ」
からかったのが彼にはバレていたようだ。
ほどほどにしないと、後の仕返しが怖いかも。
そうこうしているうちに、私たちを乗せた馬車は目的地へたどり着く。
私たちは馬車を降りる。
「ご苦労だった。安全な場所に下がっていてくれ」
「はい」
馬車の御者たちは騎士ではない。
王城の職員ではないが、彼らは戦えないから森を出る。
レントは騎士十二名を引き連れ、問題の湖付近へと向かった。
私も彼の隣で同行する。
「レント殿下」
「なんだ?」
道中、一人の騎士がレントに尋ねる。
彼は私に視線を向けていた。
「そちらの方は?」
「俺の側役だ」
「殿下の! 側役を設けられたのですね」
「ああ、優秀だぞ彼女は。実力もあるから、今夜は盛大に頼らせてもらおう」
この男……余計なことを。
私は可能ならひっそりと、か弱い乙女のフリをしてレントの影に隠れる気でいたのに。
今の発言で騎士たちから期待の視線が向けられる。
「レント殿下がそこまでおっしゃるとは、心強いです」
「ああ、期待してくれ。頑張ってもらうぞ? リベル」
「……お任せください」
私は笑顔を見せた。
しかし内心は、レントに怒っている。
この男、優しいのか性格が悪いのかわからない。
それともさっきからかった仕返しなのか?
レントが止まる。
と同時に、私も魔力の流れを感じ取る。
「……いるな」
視線の先は湖のほとりだ。
暗くてハッキリは見えないが、ぽつりぽつりと赤い光が動いている。
肉眼ではわからない。
でも……魔力の流れを辿れば、大体の位置と数はわかる。
こういう技術は、魔物と王国の追手から逃げる過程で身につけた。
「リベル、数はわかるか?」
「……二十七です。おそらくですが」
「大きさは?」
「そこまで大きくはないです。おそらく四足獣、ウルフの系統かと」
ウルフ系統にも種類がたくさんある。
生まれた場所、特徴に寄って異なり、種類によって戦闘能力にも差がある。
私が襲われたウルフよりも少し大きい。
魔物は基本、大きさはそのまま強さに直結する。
こちらは十二名の騎士と、レントと私だ。
騎士の訓練は受けているけど、全員が手練れというわけじゃない。
魔物との対峙を想像して、怯えている者もいる。
若い騎士は特にだろう。
ハッキリ言って、戦力的には不安だ。
「全員でかかって勝てると思うか?」
「勝てるはずです。ですが、危険でもあります」
「何人か死ぬか」
「はい。おそらくは」
勝利自体は確定だ。
なぜならこちらには、聖人である彼がいる。
ただし彼も無敵ではない。
怪我を負う可能性はあるし、騎士全員でかかれば負担は減るが、何人かは死ぬだろう。
これでも女王として様々な戦場を見てきた。
私は自分の直感を信じている。
「俺の予想と同じだな。なら他に方法はあるか?」
「そうですね……」
方法はある。
この場で必要なのは、魔物を殲滅することではない。
必ずしも勝利は必要ない。
ならば……。
「策はあります」
「よし、ならお前に任せよう」
「え?」
「頼んだぞ。リベル」
「……」
この男……やっぱり性格が悪いんじゃ?