側役のお仕事って何?⑤
すっかり日が暮れ、私たちは帰路につく。
「はぁ……余計に疲れたわ」
「そうか? 俺は楽しかったぞ? 書類仕事ばかりだと、身体が鈍るからな」
「私は楽なほうでいいのよ」
私は大きくため息をこぼす。
いきなり木剣を手渡され、実践訓練を始められて二時間弱。
延々と相掛かり稽古に付き合わされた。
「あなた体力お化けすぎるのよ。どういう身体してるわけ?」
「ん? これくらい普通だぞ」
「普通って言葉を本で調べてから使いなさい」
「え……そんなに怒ることか?」
「別に怒ってはいないわよ。単に呆れているだけ」
あれが普通?
馬鹿を言ってはいけない。
これでも女王だったのだから、自国の騎士のレベルは把握している。
彼らの訓練を観察したり、実戦の場に立ちあったこともある。
ユーラスティア王国は大きな国だ。
敵も多いから、自国の軍事力は当然高い。
騎士一人一人のレベルはもちろん、数も大国に相応しい。
そんな騎士たちを見慣れている私の眼が、彼を化け物だと認定しているのだ。
「それも聖人だからなのかしら」
「多少は影響しているかもな? けど、毎日走り込みをして、打ち込みで筋肉を鍛えていれば、誰でも体力はつくぞ」
「そういう次元じゃないのよ。あなたは」
「そうか?」
この男、まさか無自覚なのかしら?
二時間弱ぶっ続けで剣を振っていたのに、一切表情を変えないどころか、汗一つかいていない。
呼吸の乱れもなく、剣のブレもない。
そんな人間、見たことがなかった。
というかもう人間じゃない。
私は魔力で無理やり身体を強化して、なんとか食らいついたけど……。
「絶対に明日は筋肉痛ね」
小さくため息をこぼす。
これなら一人で逃げ隠れて生活したほうが、マシだったのではないだろうか?
「はぁ……」
「そんなにため息つかないでくれ。俺は昔を思い出せて楽しかったぞ」
「それは一方的にボコボコにできたからでしょ」
「ボコボコにはしてないだろ」
精神的にボコられた気分だ。
私の剣は一度も彼に当たらなかったし、逆に彼の剣も当たらなかったけど、全部寸止めだったからだ。
正直、女王になってから剣を握る機会が減ったとはいえ、それなりに自信はあった。
今でも多少は、その辺の騎士よりはやれるという。
自信ではなく、うぬぼれであることを自覚させられ、とても憂鬱だ。
「次やるなら魔法もありね」
「え?」
「何よ? それくらいのハンデはあってもいいでしょ?」
「いや、意外だな。もう二度とやりたくない、とか言われると思ったんだが」
自分でもハッと気づく。
なぜそう言わなかったのだろうか?
あんな面倒なことは御免だと、二度とやりたくないと。
これじゃまるで、次を求めているみたいだ。
「別に、負けっぱなしは性に合わないだけよ」
「ぷっはっはは!」
「笑うことないでしょ!」
「いや、ごめん! やっぱりお前は変わらないなと思って」
笑う彼に、私はキョトンと首を傾げる。
彼は涙を拭って説明する。
「覚えていないか? 小さい頃に剣で遊んで、偶々俺が勝ったことがあっただろ?」
「あったかしら? 私の全勝だった気がするけど」
「あったんだよ。一度だけ、偶然だけど俺が勝った。そしたらお前、ものすごく悔しそうな顔して、涙目になりながら再戦要求してきた。その後で五倍ボコボコにされたよ」
「あー……」
思い出したかも。
確かに一度だけ、私は彼に剣で負けた。
負けたというか、私が油断しただけなのだけど。
ついでに当時の悔しさも思い出す。
「あれがなければ私の全勝だったのに」
「ははっ、記憶から消すほど悔しかったんだな」
「今じゃ一本もとれないと思うと、なんだかムカついてくるわね」
「そういう所だ。お前はいつも真っすぐで、全力で……そんなお前に、俺は憧れた」
「レント?」
とても優しい横顔だった。
少しだけ、子供の頃に話した彼の横顔と重なる。
今では大きく成長して、泣き虫で弱い王子はどこにもいない。
それでも重なるのは、彼の本質はあの頃から変わっていないから、なのだろう。
「俺はお前のようになりたかったんだ」
「急にどうしたの?」
「言いたくなっただけだよ」
「そう」
別に私は、憧れを抱かれるほど素晴らしい人間じゃない。
あの頃だって、単に負けず嫌いだっただけだ。
その癖、本質的にはモノグサで、面倒なことは避けたい性格だし。
誇れることがあるとすれば、女王としての仮面を数年間、崩すことなく演じてきたことだけだ。
それも今では過去の話。
「本当は、もっと早く会いに行きたいと思っていたんだ」
「会ってはいたでしょう? パーティーとかで」
「顔を合わせる程度だろ? お前はいつも忙しそうで、ムスッとしていたからな」
「あまり好きじゃなかったのよ。あーいう場って、堅苦しくて息がつまるから」
「そうだろうな。俺は最初、女王になったばかりのリベルを見た時、別人になったのかと疑ったよ。俺が知るあの頃のお前は影もなかった。それでも俺の眼には見えていた。あの頃と変わらない魂の輝きが」
レントは私の左胸を指さす。
「お前の魂は窮屈そうだった。まるで鳥籠に閉じ込められた小鳥のように」
「間違ってないわ」
「今は?」
「見ればわかるでしょう?」
「ああ」
彼は気の抜けた笑みを見せる。
魂が見えない私でも、それくらいはわかっている。
きっと今は、解放されて自由に飛び立つ。
その準備をしている最中なのだ。
「あの日、お前を助けられてよかったよ」
「……そうね」
私も、助けてくれたのが、見知らぬ誰かじゃなくて……。
私のことを知るレントだったことは、この上なく幸運だったのだろう。
恥ずかしいから、口には出さないけど。
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