側役のお仕事って何?④
「まったく、周りに俺がいることを忘れないでほしかったな」
「謝ったじゃない。それに、他を見たいって言い出したのはレントでしょ?」
「そうはそうだけど、おかげでずぶ濡れだ」
レントは濡れた服を脱いで、水が落ちるようにぎゅっと絞っていた。
立っていた位置が悪かったのだろう。
思いっきり水を被り、全身ずぶ濡れだ。
「なんで濡れたのが俺だけなのか……作為的な何かを感じるんだが?」
「偶然よ」
「本当か?」
「本当よ」
「……ならいいけど」
実際、彼が濡れたのは本当に偶然。
ただ私が濡れなかったのは、水を生み出した張本人だし、自分にはかからないように多少の制御はできていたからだろう。
レントから見れば、ただのとばっちりだ。
彼は絞った服を大きく扇ぎ、乾かしている。
「手伝うわ」
私は濡れた服に左手をかざす。
魔法はイメージだ。
炎や水を生み出すだけじゃなく、イメージさえ明確なら何でもできる。
濡れた服を乾かすイメージで、手のひらから温かい風を発生させる。
「おお、温かいな」
「身体が冷えたら困るでしょう?」
「そうだな。助かるよ。まぁもとはと言えばお前のせい――ってうお! 急に風を強くするなよ!」
「吹き飛んだら拾ってあげないわよ」
レントは服が飛ばされないようにしっかり両手で握っている。
乾くまで少しこのまま待機だ。
「左手が疲れたわ」
「我慢してくれ」
「えぇ……じゃあ気がまぎれる話をしてくれる?」
「我がままだなぁ。そうだ! 忘れるところだった」
レントは服から片手を外し、乾かしている服をごそごそとあさる。
何かを探している様子だった。
取り出したのは、半透明の水晶がハマった腕輪だ。
「これをやる」
「これ、精霊の腕輪じゃない」
精霊の腕輪とは、身に付けることで精霊の力を借りることができる道具。
この世界には精霊がいる。
目に見えないだけで、私たちの周りにもたくさんいるらしい。
この腕輪を身に付けると、装着者と相性がいい精霊が水晶に宿り、精霊の力を行使することできる。
「私には不要よ? 前に試したけど、精霊は寄ってこなかったわ」
精霊の腕輪は、誰でも使えるというわけじゃない。
むしろ貴重品かつ、精霊の力を使える人間は少ない。
魔女や魔人、聖人ほどではないけど、貴重な人材として重宝される。
私には相性のいい精霊はいなかったようで、女王時代に試した時は何も起こらなかった。
「いいんだよ。ただのカモフラージュだ」
「ああ、そういうことね」
私は魔女だ。
魔女は精霊の力など借りずとも、炎や水を生み出すことができる。
腕輪もなしに魔法を使えば、私が魔女だとバレるだろう。
そうならないように、精霊の腕輪を身につけておけば、私は精霊使いだと誤認される。
レントのような聖人でもない限り、私の正体は見破れない。
「でも確か、この腕輪って高価なものでしょう? 簡単にあげていいの?」
「リベルには必要なものだからな。いらないならいいが」
「貰うわよ。有難くね」
私は腕輪を受け取り、左腕に装着する。
ここで精霊使いになれる者は、はめ込まれた水晶の色が変わる。
例えば炎なら赤、水なら青に。
私は変化しない。
「やっぱり精霊使いの才能はないわね」
「悲観することないさ。俺もなかったからな」
「代わりにあなたは聖人でしょ? そっちのほうが特異だわ」
「リベルだって、今は魔女だ」
お互い、精霊使いが霞むような存在になっていた。
私たちは呆れたように笑う。
「とりあえず水晶は魔法で赤くしておくわ」
「あとで赤い水晶を作って嵌め直そう」
「そうね」
やっぱり何度も使った炎の魔法が一番イメージしやすい。
今後も使う機会が……ないことを祈りたい。
「乾いたわよ」
「ん、ありがとう」
乾いた服を軽くはたいて、埃をとってから着替える。
その様子を見つめながら思う。
「鍛えているのね」
「ん?」
「腹筋とか割れてたわ」
「ああ、毎日訓練はしているよ」
私の記憶にある幼い彼は、どちらかといえばひ弱で泣き虫だった。
腕相撲で私に負けるくらい弱かったのに、今やったら絶対に勝てない自信がある。
「成長したわね」
「急にどうしたんだよ」
「別に、昔の思い出に浸っていただけよ」
「なんだそれ。さて、続きをしようか」
「続きって、何するの? もう魔法は見せたでしょう?」
これ以上何をすればいいのだろうか。
キョトンと首を傾げる私に、レントはニヤっと笑みを浮かべる。
なんだか嫌な予感がした。
「次は実戦だ」
「実戦って……まさか……」
「はいこれ、リベルの分」
投げ渡されたのは、木剣だった。
嫌な予感が明確になる。
レントも木剣を握っていた。
というか、すでに構えていた。
「えぇ……戦うの? あなたと?」
「昔を思い出すだろ?」
「……そういう意味じゃなかったんだけど……」
確かに昔、小さい頃の話だ。
王族たるもの、いざという時に自分を守れる術は必要になる。
だから私も、小さい頃から剣術の稽古は受けていた。
これが意外と楽しくて、覚えたてだったこともあり、レントと遊び感覚で何度か相掛かり稽古をしたことがある。
基本的には、私の全勝だった。
「あの頃のリベンジだ」
「大人気ないわよ」
「側役なんだから、いざという時に俺を守ってもらわないとな? それじゃ行くぞ!」
「ちょっ! もう!」
私は仕方なく木剣を握り、彼の剣を受け止める。
楽しそうに笑う彼を見て、つられて笑う。
そういう意味じゃなかったけど、確かにあの頃を思い出した。
まだ女王でもなくて、重圧もなく、生まれ直した世界を純粋に楽しめていた頃を……。