側役のお仕事って何?③
書類仕事を終えた私は、レントに連れられとある場所に向かっていた。
そこは王城の敷地内ではなく、王都の中でもない。
王都の北部にある森の中に、私たちは足を踏み入れる。
「こんな場所に連れ出して、何をするつもりかしら?」
「さっき説明しただろ」
「聞いてなかったわ」
「お前なぁ……」
「冗談よ。ちょっと言ってみたかっただけ」
目的は理解している。
年頃の男女が、人目を気にしない場所にこっそり訪れる。
こういうシチュエーションになったら口にしたいセリフだったから、つい浮かれてしまった。
レントの後に続き、森の中を進む。
普通の森なら動物や魔物がいて危険だけど、今のところ気配もない。
獣道ではあるものの、誰かが頻回に行き来した痕跡があった。
「ここにはよく来るの?」
「ああ。小さい頃からな。もう到着するぞ」
木々の間を抜け、私たちはたどり着く。
「ここは……」
「俺の小さい頃からの遊び場だ」
不自然に開けた場所があった。
小さな池があり、ほとりには木造の小屋が建っている。
年季の入った建造物で、何か所も修繕した跡があった。
「遊び場ね」
「人目を気にせず、好きなだけ走り回ったり、剣の修業をしていたんだよ」
「なるほど、それで」
木を削って作ったサンドバッグのような物がある。
他にもトレーニング用に自作した道具が。小屋の壁に立てかけられていた。
「こんな場所で訓練なんてしなくても、普通に騎士団でやればよかったじゃない」
「普段はそうしているよ。ここへ来るのは偶にだ。嫌なことがあったりとか、一人になりたい時に……ね」
彼は語りながら、古びた小屋の壁に手を触れる。
懐かしむように。
「そう」
「ここへ来るのは久しぶりだ。最近は忙しすぎて、自分の時間をとれなかった」
「私のおかげね」
「ははっ、その通りだな。感謝しているよ」
からかうつもりで言ったのだけど、素直にお礼を言われると何だかむず痒い。
私は照れを誤魔化すように、話題を変える。
「それで、ここで何するの?」
「説明しただろう?」
「魔女の力について実験する、だっけ?」
「正確には、魔女の力を制御するための特訓をしよう、という話だ。せっかく時間もあるからな」
私が書類仕事を手伝ったことで、スケジュールに余裕が生まれた。
何をするかという話になり、時間があるなら魔女の力について色々試してみよう、という話にまとまった。
せっかく仕事が終わったなら休みたかったけど、半ば強引に連れ出され、人目につかないこの場所を知っていると言われてついてきたのだが……。
「本当にやるの?」
「時間は有効活用すべきだ」
「はぁ……勤勉ね」
「無駄にはならないからいいだろう?」
「……そうね」
私も多少は興味がある。
この身に宿った魔女の力……それがどの程度のものなのか。
今の私に、何ができるのか。
「と言っても、使い方くらいならもうわかっているわ。実戦で試したし」
「魔物に襲われていた時か」
「ええ。助けられる前までは、自分で魔物と戦っていたのよ」
あの時は、連戦に続く連戦と疲労。
それによって限界に達し、ついに魔力が枯渇してしまった。
もしも彼が駆け付けなければ、私は今頃魔物のお腹の中にいただろう。
そう思うとぞっとする。
「試しに使ってみてくれないか?」
「いいけど、魔物が寄ってきても知らないわよ?」
「この辺りに魔物はいないよ。俺が修行で狩っていたら、いつの間にかいなくなったんだ」
「狩り尽くしたのね……」
子供の頃から魔物と戦っていたらしい。
一歩間違えば命を落とすようなことを……。
レントは見かけによらず、命知らずなのかもしれない。
少し呆れてため息をこぼし、私は池のほうへと歩み寄る。
「ふぅ……」
私の身体には、魔力が流れている。
魔力は感情によって増減し、コントロールすることができる。
女王時代、魔女については学んだ。
数ある国の中には、魔女を戦力や相談役として囲い、力をつけている国もある。
もしもそういう国と敵対したら、魔女と戦わなければならない。
実際に戦うのは騎士団になるけど、私も知識としては頭に入れておきたかった。
「まさか、自分の身体で役に立つなんてね」
人生、何が役立つかなんてわからないものだ。
私は右手を前に突き出す。
魔法はイメージだ。
身体に流れる魔力を手のひらに集めて、イメージした現象を引き起こす。
イメージするのは炎。
猛々しく燃える炎が、池の水を蒸発させるように。
「燃えろ」
瞬間、手のひらから火炎が発生する。
火炎は球体となり、池の中心に生成され、わずか一秒ほどで拡散された。
周りは木々だ。
下手に放てば大惨事になるから、池の上で留めて消えるようにイメージした。
上手くいってホッとする。
「凄いな。他にもできるだろ?」
「そうね。あんまり試したことなかったけど」
逃げている時は炎の魔法ばかり使った。
イメージしやすかったし、魔物を一瞬で燃やせるから便利で多用している。
別に炎しか使えないわけじゃない。
目の前には水があるし、ちょっと別のイメージをしよう。
私は池に手を突っ込み、肌で水を感じながらイメージする。
「水よ――走れ」
池に大きな波が発生し、瞬く間に池の外へと流れていく。
池の向こう側の木々がびちゃびちゃになり、池の水は半分以下になってしまった。
「ちょっとやりすぎたわね」
可哀想だから、水を戻そう。
イメージさえ明確なら、ゼロから水を生み出すこともできる。
私は池の上に水球を生成し、そのまま落下させた。
「冷たっ」
勢いがよすぎて水が跳ねて、少し顔にかかってしまった。
しかしこれで池の水は元通りだ。
「これでよし」
「……何がよしだ?」
「あっ……」
池の端に、水を浴びたレントがムスッとした顔で立っていた。
どうやらさっきの衝撃で、思いっきり水を被ったらしい。
「何か言うことは?」
「……ごめんなさい」
まだ制御は難しい。