側役のお仕事って何?②
書類仕事が片付いた。
時計を見ると、午後三時を回っている。
窓の外は明るくいい天気だ。
角度的に窓からの日差しが一番強く、部屋の中も温かさで満ちる。
「ぅ、うーん……疲れたわね」
「お疲れ様。リベルが手伝ってくれたから、いつもより早く終わったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
中々に凶悪な量だった。
私が女王だった頃も大変だったけど、それと同じくらい彼も苦労しているようだ。
書類仕事に関してなら、女王時代の私よりも多い。
国が三つに分断されている影響で、処理しなければならない事柄が多いのだろう。
レントが顎に手を当てて考え事をしている。
「今日は一日、この書類仕事で終わると思っていたんだが……」
「そうなの? 他の予定は?」
「ないよ。というか、側役なんだからスケジュールの管理も今後はお願いするからな?」
「えぇ……」
「死ぬほど嫌そうな顔してるな」
実際とても嫌だ。
だって面倒だから。
対するレントは呆れた顔をして、やれやれと首を振る。
「お前だって、いままで自分で管理していたんだろ?」
「そうよ? だから私がやらなくても、あなた一人で把握できるじゃない」
「それじゃ何のためにお前を側役にしたかわからないだろ?」
「いいじゃない別に。私は楽ができてうれしいわ」
つい本音が漏れてしまった。
ここまでハッキリ言うつもりはなかったのだけど、彼の前だと気が抜けてしまう。
彼はため息をこぼし、続ける。
「だったらお前は、側役として何をしてくれる?」
「そうね。偶にお仕事の手伝い?」
「偶になのか」
「必要ないなら部屋で寝ているわ」
「いいわけないだろ? まったく、ここまで面倒くさがりだったとはな」
レントは盛大に呆れてため息をこぼした。
女王だったころは勤勉のフリをしていたけど、内心では面倒くさくて、働かなくていいのならそれが一番、とか思っていた。
今は女王の仮面もいらないから、本心が表に出ている。
贅沢もいらない。
私が欲しているのは、人並みの生活をすること。
ただしそれは、普通の人間ではない私には難しいのだろう。
「お前は追われる身で、ここに匿われている状態だ。その自覚はあるよな?」
「あるわよ。感謝もしている。その分は働くわよ。仕方ないから」
「本当に正直だな。だったら側役としてしっかり働いてもらうぞ」
「……じゃあ具体的に何をすればいいか上げて」
「そうだな」
レントが口にした側役のお仕事は、大きく分けて三つ。
一つは日々の仕事の管理と補佐。
スケジュールを管理し、必要なら私も手伝う。
これに関しては、女王としての経験があるから、もしかすると私のほうが上手いかもしれない。
二つ目は護衛。
側役は常に、主である彼の元にいる。
不測の事態が起こった際に、彼を守るのも仕事の一つとなる。
「あなたに護衛なんている? 魔物も簡単に倒せるのに?」
「いてくれたほうが、俺は安心だぞ」
「私より、あなたのほうがたぶん強いわよ?」
「今はね。けど、君は魔女の力を手に入れている。その力を使いこなせるようになれば、この国で一番強い存在になるよ」
レントはそう断言した。
私は自分の手を見つめ、流れる魔力を感じ取る。
魔女や魔人が恐れられている理由は、ひとえに魔法が扱えるからだ。
魔法は万能。
思い描いた空想を体現する力すらある。
彼が言う通り、私が魔女としての力を掌握し、魔女として完成したら……。
「でも人前で使えないでしょう?」
「基本的にはね? ただ、誤魔化す方法はいくらでもある」
「それもそうね」
この世界には女神の加護があるし、精霊の力を借りる術も存在する。
魔法だけが特別、というわけじゃない。
魔法が他より優れているのは、自己完結できるからだ。
何かの、誰かの力を借りることなく、ただ一人で奇跡すら起こせることが重要なのだ。
もっとも私の場合は不完全で、まだうまく扱えない。
「面倒だけど、扱えるように訓練はしたほうがいいわ」
「同感だな」
「で、三つ目は?」
「俺の身の回りの世話だ」
「……それこそ必要なの?」
使用人の役割じゃないか。
「あのな? 側役の仕事は、あらゆる面において俺の補佐をすることだ。それには日常生活も含まれている」
「つまり私に奉仕してほしいということね」
「ちょっと違うが大体それだ」
「残念ながら無理ね。私、その辺りは全部やってもらっていたから」
女王だった頃は仕事に集中するために、身の回りのお世話は使用人に任せていた。
服を着替えたりする程度はできるけど、それ以上のことを期待されても困る。
前世ではそれなりに家事もしていたけど、この世界に生まれ直してからはやっていないから、自分がこれまでどうやって生活していたのかも忘れてしまった。
「自慢じゃないけど、お茶も淹れられないわよ」
「本当に自慢じゃないな。じゃあちょっと待っててくれ」
そう言って彼は席を外し、数分後に戻ってきた。
手にはプレートと、その上にポット一つとカップが二つ。
彼は手慣れた手つきでカップにそそぐ。
「ハーブティーだ。疲れがとれるぞ」
「これ、あなたが淹れたの?」
「まぁな」
一口貰う。
普通に美味しい。
「自分で淹れられるのね。王子なのに」
「うちの方針でな? 子供の頃に一通り教え込まれたんだ。もしも一人になっても、ちゃんと生きていけるように」
「現実的ね」
「正しいと思うよ。現に、こうして役に立っている」
確かにそうだ。
私も同様の指導を受けて育ったなら、今みたいに誰かに頼る必要もなかったのかも……。
ふと思う。
一人で何でもできるのなら、いよいよ私って不要じゃないのか、と。
「やっぱり私、必要な時以外は寝てたほうがいいんじゃない?」
「教えるから。これくらいやれるようになってくれ」
「……はい」
面倒だけど仕方がない。
彼の厚意で居場所があるのだから、それくらいは頑張ろう。
これから一人になった時、役に立つかもしれないし。




