側役のお仕事って何?①
少し前まで女王だった私は、いろいろあって隣国の王子の側役になりました。
なーんて、説明したところで?マークが浮かぶだろう。
私だって驚いているし、なぜこうなったのかと問われたら……。
「成り行き?」
「ん? どうかしたか?」
「なんでもないわ。ところで……」
ここは彼の執務室だ。
テーブルの上には、山のような書類が積まれている。
王族というのはどこの国も書類と睨めっこするのが得意らしい。
私は彼の作業を、傍らで見ているだけだった。
「私は何をすればいいわけ?」
「何って、言っただろう? 俺の補佐だよ」
「だから、具体的に何をすればいいのよ」
今日のところは見学を言い渡された。
異なる国で働くのだから、その国の風習や習慣を知る必要がある。
同じ王族であっても、国が違うだけで仕事の勝手が違うかもしれないから。
ということで、現在見学中なのだが……。
さすがに見ているだけ、というのはもどかしい。
「ユーラスティアじゃ側役を置いてなかったのか?」
「私にはいなかったわよ」
「珍しいな。普通は一人くらい、日々の仕事を補佐する役割を置くものだけど」
「そうなの? そういえば、女王になったばかりの頃はいた気がするわね」
先代国王、すなわち私の父親の代から補佐をしてくれている執事がいた。
とても優秀な人で、父も頼りにしていた。
父から王位を継承した後は、新たに女王になった私の補佐をしてくれていたのだけど。
彼は高齢だった。
「私が女王になった時点で七十を超えていたのよ。そんな人をいつまでも働かせるのはよくないと思って、すぐ引退してもらったわ」
「その後は新しく雇わなかったんだな」
「必要なら雇うつもりだったわよ。でも、補佐役がほしいなんて思ったことなかったわ」
「強いな、お前は」
「そういうことじゃなくてね」
私はただ、自分のことを誰かに委ねることができなかった。
完璧な女王であれ。
そう自分に言い聞かせて、仮面を守り続ける日々。
気を許せる相手なんていなくて、誰かと一緒にいるよりも、一人でいるほうが気が楽だった。
一人でいる時なら、仮面をかぶる必要がないから。
「思えば私は、他人との関わりをずっと避けていたのよ。だから裏切りにも最後まで気づけなかったのね」
そう言いながら私は笑う。
なんて滑稽なのか。
自分一人で何でもできる。
完璧な女王を演じていたつもりだけど、裏切られた時点で完璧からは程遠かった。
結局私には、他人の気持ちが理解できていなかったのだろう。
「はぁ……」
「ため息ばかりだな」
「仕方ないでしょ。憂いが多いのよ。ついでに退屈ね」
「意外だな。仕事なんて面倒、とか言われると思っていたんだが?」
「面倒よ? ただ今みたいに、何もすることがなく見ているだけっていうのも、これはこれで嫌なの。何もないなら部屋のベッドで寝ていたいわ」
どうせ見ているだけなんて退屈だ。
仕事内容は口頭で聞けば大抵は理解できるし、見学なんて本来必要ない。
この国の内情を把握できれば、仕事はできる。
私に足りないのは、この国についての明確な知識だけなのだから。
「正直者だな。一応、王子の前なんだぞ?」
「今さらあなたの前で取り繕っても無駄でしょう? だからあなたの前では、素でいることにしたのよ。もう、女王の仮面も必要ない」
「ははっ、いいけどな。俺以外がいる時は、もう少しシャキッとしてくれ」
「わかっているわよ。で、この資料に目を通せばいいのよね?」
「ああ、手伝ってくれるか?」
「それが、今の私の役割でしょう?」
私はテーブルから資料を半分、別の席へと移動させて取り掛かる。
中身に目を通す。
どの国も、この手の資料の形式は変わらない。
記載されている内容も、国土全域から寄せられた相談事や施策の許可、あとは重要事項の連絡だ。
彼に伝えるべきことを選別し、用件をまとめる。
「レント、あなたの父親が移民に対して軍事介入しているみたいよ」
「……またか。被害は?」
「まだ出ていないわ。睨み合っている状態みたいね。放置でいいの?」
「よくはないが、父上もそこまで過激じゃない」
「軍事介入している時点で十分過激じゃないかしら?」
「それはただのパフォーマンスだよ。こっちがその気になれば、お前たちなんてすぐに潰せるんだぞと、定期的に示しているんだ」
そういう目的なのか。
自らの武力を示し、これ以上移民側が領土を拡大しないように牽制している。
報告書には、これまでの動向が記されていた。
「これを報告してくれたのって、向こうにいる騎士よね?」
「ああ」
「スパイを送り込んでいるなんて、やるわね」
「そんな大層なものじゃないよ。同じ国の騎士なんだ。根底にあるのはこの国の平和、だから協力できることはしているってだけ」
どうやら思っていた以上に状況は複雑のようだ。
三つに分断された領土。
しかし完全に交流が絶たれている、というわけでもないらしい。
少なくとも、国王が統治する古郡領土とは敵対しているわけじゃない。
それも当然か。
彼らの目的は、移民の排除。
王国をひっくり返したいわけじゃない。
「面倒な事情ね」
「だから、俺一人じゃ手に負えないんだよ」
「私にあまり期待されても困るわよ」
「ははっ、悪いが期待するよ」
本当に、面倒な国に来てしまったものだ。
私はただ、平凡に、平和に暮らしたいだけなのに。




