新天地⑤
「……ぅ……」
「着替え終わったか?」
「一応ね」
「じゃあそっち向くぞ?」
「ええ」
着替えている私が見えないように背を向けていたレントが、改めて振り返る。
彼の眼には、新しい制服を着た私が見えているだろう。
鏡にも自分の姿が映っている。
「サイズはどうだ?」
「ちょっと大きい気もするわね」
「大人用だからな」
「私が子供だっていいたいの?」
「実際そうだろ? 今は……」
「むぅ……」
私の背丈は、元の姿よりぐんと小さくなってしまった。
呪いの影響で別人の容姿になり、歳も若くなっている弊害だ。
若さを取り戻せて喜べないのは、これが呪いだということ知っているからだ。
「まぁでも、動きやすいのはいいわ」
「仕事のための服装だからな」
女王時代は、動きにくいドレスばかり着ていたら、こういう服装は新鮮だ。
見た目も中々におしゃれで可愛い。
うん、気に入った。
「で? これからどうするの?」
「城を案内するよ。その途中で、挨拶をしなきゃいけない人がいる」
「挨拶……ああ、そういうこと」
何となく察した。
無礼のないように気をつけるとしよう。
ぐぅーと、お腹が鳴る。
「その前にお腹が減ったわ」
「ははっ! 豪快な音だったな」
「仕方ないでしょ? ほとんど何も食べてないのよ」
もしかして眠れなかったのは空腹のせい?
あり得るわね。
「先に朝食にしようか」
「そうしてもらえると助かるわ」
レントは笑いながら私を食事のテーブルへと案内してくれた。
どう見ても、王族が食事をする部屋だ。
普通なら場違いだけど、元々女王だったから緊張はしない。
「ここ使っていいの?」
「俺がいるから平気だ。料理も二人分用意させた」
「シェフにはなんて説明したのよ」
「特に? 俺は信用されているからな。客人用にも用意してほしいとお願いしただけだ」
だから朝食も王族である彼と同じ量、質なのか。
美味しいからいいけどね。
「今後はどうすればいいの?」
「俺が一緒の時はここで摂ればいい。それ以外は、王城で働く人たち用の食堂があるから、そっちを使ってくれ」
「わかったわ」
「基本は俺の側役だし、一緒に摂る機会が多いと思うぞ」
それはありがたいお話だった。
自由になったとはいえ、自分で料理したりは面倒だし、私はあまり料理が得意じゃない。
前世でも苦手だった。
「ご馳走様」
「口に合ったか?」
「ええ、美味しかったわ」
「ならよかった。長く生活する上で、食事が合うかどうかは重要だ」
「私もそう思うわ」
食事を終えた私たちは、改めて王城内を歩き回った。
彼の執務室、普段から使っている部屋や場所、他の職員が働いている姿を観察する。
当然、何事かと多くの人に注目された。
王子の隣に見知らぬ女性がいる。
不思議に思わない人は少ないだろう。
「しばらくは注目の的だな」
「我慢するわよ。はぁ……」
「そんなに嫌か? 俺の隣を歩くのは」
「そういうことじゃなくて、結局これは変わらないんだなと思っただけよ」
注目されるのには慣れている。
嫌というほど見られてきた。
女王として振る舞い、正しく生きる。
ちゃんとできている?
彼らは、彼女たちは、私のことがどんなふうに見えているのだろう。
女王になってばかりの頃は、特にそんなことを考えていた。
慣れというのは恐ろしく、いつしか他人の視線も、考えるだけ面倒だと思うようになった。
「どうせすぐ慣れるわ」
今は物珍しさで見られているだけだ。
この光景が当たり前になれば、誰も気にも留めないだろう。
「さすが堂々としてるな」
「元女王だからね」
「ははっ、そうだな! けど、この先は少しくらい緊張してくれ」
「……」
レントに連れられたどり着いたのは、国王の執務室。
ここに誰がいるのか……否、本来誰がいるべきなのか考えるまでもない。
そう、挨拶すべき相手は、この国の現統括者。
彼の……実兄。
「兄上! レントです!」
「――入れ」
「失礼します」
部屋に入ると、一人の男性が椅子に座って仕事をしていた。
当然ながらレントに似ている。
しかし雰囲気から別人なのはわかった。
なんというか、鋭いのだ。
視線が?
そうじゃなくて、姿が。
「兄上、彼女がそうです」
「君が……」
視線が合う。
私のことを訝しむように見つめている。
挨拶というから、新しい側役としての挨拶かと思ったけど、この雰囲気は何か違う。
私はレントに視線を向ける。
「もしかして、伝えてあるの?」
「ああ」
「そういうこと」
彼はもう、知っているのだ。
私が何者なのか。
「こんにちは、ジベルト殿下。こうしてお会いするのはお久しぶりですね」
「本当に、あなたがアリエル陛下なのか?」
「はい。見た目は変わってしまいましたが、私の本当の名はアリエル・ユーラスティアです。もっとも、その名は二度と名乗れないでしょう」
元より名乗る気もないのだが。
難しい顔をして、ジベルト殿下は腕組みをする。
「魔女の呪い、ということだったが」
「間違っていません。私は魔女に呪われ、この姿になりました」
「公表する気はないというのも?」
「はい。私はもう、あの国に戻るつもりはありませんので」
女王のセリフとしては最低だ。
国を捨てる、という意味なのだから。
同じく国を支え、まとめる彼からは、非難を受けても仕方がない。
多少の覚悟はしている。
「にわかに信じられない。私が知っている女王陛下とは別人だ」
「実際、もう別人です」
「姿のことではなく……いいや、それがあなたの本来の姿、ということか」
「はい。幻滅しましたか?」
「まさか。気が抜けただけです。少々こちらも緊張していましたが、これなら気を遣う必要もない」
「そうしてください。私はもう、女王ではありません。今の私はリベルです」
彼がくれた名前を口にする。
これから先、この名を口にする機会のほうが多い。
いつしか、私がアリエルだったことも忘れるくらいに。
「事情はおおむね把握している。一先ず、ようこそ我が国へ。歓迎しましょう」
「ありがとうございます」
こうして私は、新天地へ快く迎えられた。
驚くほど呆気なく、これでいいのかと思えるほどに。
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