成人と旅立ちと
信仰祭から四年の月日が流れた
来年には俺も晴れて成人である
12の頃からぼちぼち剣術を習い始めたのだが、そこらの指南役では最早俺の相手は務まらなかった
俺の才能がどうとかと言うよりゴウラの付与した能力である底無しの集中力が俺に高い学習能力を与えていたのだ
だがそれで天狗になれるほど世の中は甘くない
天狗というのは…
それはもういい?ご尤も
父ベイルが強いのだ、異次元的なレベルで
こんな辺境で身分不相応な街を擁する土地を任されている理由でもあるのだが、この辺りはあまりヒトとは友好的ではない亜人種の国もあり国境を面してやりあっていたのだ
最前線も割りと近く、この領地は最前線の兵員への補給なども行っている
ベイルの存在は敵対する亜人達にとっても十分な驚異となり領内の安全に大きく関わっていた
そんな男である
調子付いたらボコボコにされるのは手に取る様に分かる
チョロくて善人だが騎士としての規範の様な物が決して揺らぐタイプではない
その一点だけで俺はこの若造を尊敬し、信用もしている
父として亭主としてはどうなのやらとは思うのだが相変わらず夫婦仲は良好な様である
ゴーグルの奴が俺に剣術のスキルが発生したみたいなコールは特に言って来ないので剣の才能もさっぱりなのだろう
このままじゃ騎士にもなれなさそうだぞ、お父様
リアルスキルだけでどこまで通じるのか、先は見えない
そしてもう一つ
「ハメハメ波ぁっ!!」
両手で収束させた気をエネルギーに変換させて放つ操気による攻撃は本来片手で放つ一般的なグミ…気弾より圧倒的な威力を持つ
長い歴史の中で両手で気弾を撃つという発想が無かったらしく本に書かれていた以上の効果が得られた
ドラゴンボーイの作者はやはり天才であった
飛行術は現状では自分で走る方がよっぽど早いが飛べる様にはなった
何をするにも気のエネルギー変換のコスパが悪く改良が必要と言ったところだ
あれやこれや再現したい技も有るが兎に角エネルギーの変換効率を上げるのが今後の課題である
操気には膨大な精神力と集中力が必要な為、フォースマスターは基本心を司る神の信仰者しかいないらしい
操気というレアスキルの選択とゴウラ教への入信
成り行きや偶然の要素が多いが今のところ上手く行っている
他に変わった事と言えば、この四年間で二人の転移者が帰還した
俺以外の転生者が発見して狭間の空間へ送り返したのだろうか、残るはあと七人である
転生者も皆来年で成人する
そうなれば転移者の探査も一気に進むだろう
ただ、どうやって両親を説得して旅に出るかという問題がある
カネや教育の面では苦労は無いのだが気のみ気のままの旅に出るには難しい身分である
【提案】何とかなるかもしれません
殆どの宗派が成人を迎えると総本山に行くという習慣があります
大体は神官等の護衛が付きますので亜人種や魔物の驚異は比較的少ないです
その方向で説得を試みる事をオススメします
オススメられた
ゴーグルも最初の頃と比べて随分と対応が柔軟になった物だ
とは言え問題はある
護衛役を買って出る神官はおそらくは居ない
そういう宗派だ
何より領内に道場が無いのは確認済みである
全く心当たりが無いという訳では無いが、それはいよいよ最後の手段になるだろう
伝も無いまま年が明け春を迎えつつある
もう旅立ちも近い
「成人おめでとう」
ベイルが細やかな宴を催してくれた
お酒は二十歳になってから
という訳でも無いのがこの世界の常識か
水が悪いので割りと小さな頃からワインを飲んでいたので今更感はある
地方の小規模領主ながら近隣の諸公が集まった中々の規模の物となった
皆が何かしらの理由を付けてサイモン家と繋がりを持ちたいのだろう
「本当に行ってしまわれるのですね…」
宴から何日か過ぎ迎えの使者が現れると母アリシアは泣く
ベイルもアリシアも総本山への旅は経験している、止める事は出来ない
「大丈夫ですよ母上、人手は少ないですがゴウラの僧は猛者ばかりですので」
使者の僧は一人であった
だがその腕は丸太の様に太く胸板は岩の様である
ベイルと比較しても劣ることは無いだろう
暫しの別れにアリシアは涙し、そんなアリシアを引き寄せてベイルが抱き締める
ガーランド王国
法と秩序を司る神を国教とする騎士の国
十年に一度開かれる武術大会の勝者が王になるとか言うふざけた国
それが生まれ故郷である
建国以来ガーランド家の者以外が王になった事が一度も無いらしい
ベイルも一度その大会に参加して決勝で現国王ガリウス=ガーランド二世に敗れたそうだ
国で二番目に強い上に王との面識もある
それは政略結婚で娘を送ろうとも思うだろう
心を司る神の総本山はそんなガーランドから南に一年ほど行き国境を二つ越えた先、騎馬民族が最近興した国ナーオスにある
「申し訳ありませんでしたゴウラ様」
俺は巨駆の僧に謝罪する
すると僧の身体にノイズが起き巨駆の僧は更に大きな本体を露にする
「構わぬ、クラウディア様の手伝いの為だ」
何の事はない、ゴウラに来てもらい迎えの使者のふりをしてもらったのだ
奇跡の子はお父様の想像を遥かに超えて神を便利に使ってますよ
「しかし、本当にお前一人で大丈夫なのか?」
ゴウラは修行者を導く神である、下心を抜きにした本心であろう
「流石にゴウラ様に引率させる訳には行きませんので」
笑って返す
最悪護衛の冒険者でも雇うし本当に神を顎で使い続ける訳にもいかない
今回は宗派の特異性故の救済措置である
「まあ何とかします」
それだけ言うとゴウラに別れを告げる
クラウディア様に宜しくと何度も念を押される
二人はどういう関係なのだろうか?
故郷を離れる事三日、ガーランドの王都絶対の楯シールスに辿り着く
絶対の楯とはサーランドの巫女の宮に入る唯一のルートがこの王都の厚い城壁の中に存在し、建国以来誰にも破られて居ない事からその名が付いた
ガーランドは世界でも三本の指に入る軍事大国だがその全てをサーランド防衛に割り振っている
サーランド国周辺の各宗教の総本山は兎も角、巫女の宮をどうこう出来る国は存在しない
神々がその存在を意識する魔王ですら手を出す気配すらしないのだ
王都に続く城門の審査もかなり厳しく巡礼者であっても同じである
長ければ一ヶ月待たされる事も有るらしい
そう、親のコネを持つ俺を除けば
とは言え並んでる人を飛ばすのは好きではないので長蛇の列には一応並ぶ
日本人の悪癖…美徳である
三時間ほど待っただろうか、番兵数人が順番待ちをしている旅人に声を掛け始める
並んでいる旅人が不穏分子ではないとは言いきれない
素晴らしい防犯意識である
「君は一人なのかな?」
俺のところにも番兵が来て声を掛けられた
身なりや背格好を見たら成人の初巡礼なのは見たままである
一人かと聞いたのは引率の姿が見えないからだろう
「はい、初めての巡礼の為にナーオスへ向かっております」
そう言うと俺は首に掛けた聖印を番兵に見せる
「心を司る神、ですかこれは珍しい」
心を司る神は修行者を導く神である
俺が一人なのもそれで納得して貰えると楽なのだが
「一応身分の解る物を見せて貰えまいだろうか?」
番兵は言う
まあ巡礼者は普通教会で身分証を発行して貰える物である
当然教会としての体を成していないゴウラ教なのでそんな物を発行などする訳もなく
「僕はサイモン領の出身です、これが僕の身分を立てると思うのですが」
そう言うと腰にぶら下げた短剣を番兵に見せる
美しい銀の装飾のしてある儀礼用の短剣である
柄にはガーランド王家の紋が刻まれている
「サイモン領…王族の宝剣……」
そう呟くと番兵は城壁の中に走り去って行った
この短剣がある限りガーランドではどこでも顔パスだろう
ベイルから旅立つ時に借り受けた物で王がその実力を認めて授けた逸品である
暫くすると現場責任者と呼ぶには明らかに立場の高そうな身なりの男がやってくる
「わたくしはガーランド騎士ベイル=サイモンの子、シロー=サイモンと申します」
相手はおそらくベイルよりは格下だろう
強さで序列の決まる国なのでベイルより偉いのは国王だけとなる
それを鼻に掛ける言動を許す男では無いのでここは相手に華を持たせる
何よりこの男は俺よりよっぽど強い
「これは御丁寧に痛み入る」
当然男も華を持たされた事を理解しており恐縮して見せる事でお互いに恥をかかせぬ配慮を示す
成る程、騎士の国だけあってこんな青二才のガキ相手でも礼節は忘れない
その後すぐに城下へと案内されるがそれは固辞して行列で順番待ちをする
コネで短縮させるのは審査の時間だけで十分である
こんな小さな事でもベイルの悪評に繋がるのもつまらない
更に二時間ほど経ったであろうか、やっと順番が回ってくる
まあ既に自己紹介も済ませているので審査を受けずに城下に入る事が出来た
行列を素通りも出来たのに素直に五時間並んだ若者が審査無く入る事に不満を漏らす者は居なかった
「実は…」
最初に俺の対応をした番兵が話し掛ける
実際のところ騎士であってもあの行列に並ぶのだそうだ
俺は騎士では無いので相手も俺を試す意図は無かっただろうが、結果ベイルに恥をかかせずに済んだ
シールスは頑強な城塞都市であり例えドラゴンであってもその城壁を破り侵入する事は叶わないと言われている
そんな厳つい城壁をくぐると城下町は外からでは想像も付かない賑わいを見せる
圧倒的なセキュリティに由来する治安の良さとサーランドの各宗派の総本山への巡礼者相手の商売が上手く回っているのだろう
春先の今の時期、既に日は傾き薄暗くなっていた
俺は幾つかの書簡を郵送屋に渡すと宿を探す事にした
俺個人としてはネットカフェだろうとビジネスホテルだろうと構わないのだが、身内の格を下げないレベルというのが求められる
最初こそ親父金持ちでラッキーくらいにしか思っていなかったが、いざ自分であれやこれややるとなると兎に角色んな事が面倒臭い
ベイルが辺鄙な郊外に住み滅多に街に行かなかった理由が今なら解る
適当なランクの宿を見付けると背格好から本来なら門前払いを受けるであろうそこそこ高級な宿は支配人自ら出迎えてくれた
「お待ちしておりました、サイモン様」
当然だが予約などしていない
既に俺が城下に入り宿を探していた事や容姿などはリサーチ済みなのだ
流石と言うべきであろうか、当然と言うべきであろうか
雑に生きられる金持ちニートが良かったな
等と言うのは持てる者の悩みだろう
他の転生者はどうしているのだろうか?
現状知っているのは大物証人のところのジンくらいである
ジンもおそらくは俺ほどじゃないにしろ面倒臭い事もしてるんだろう
そう思いながら就寝するのであった