神と奇跡と信仰と
新たな遭難者が見付からないまま四年の歳月が流れた
子供に出来る事などたかが知れている
そう都合良くは行くまい
この世界では10歳になると特別なイベントがある
信仰する神を決めるのだ
魔法とは違い信仰はこの世界では重要な意味を持つ
何故ならこの世界には神が実在し時々地上に降り立って奇跡を起こすからだ
10歳の時の神との契約はあくまで仮契約であり多くの場合大人になる頃には数回改宗をする事になるらしい
新旧百を越える神々の誰を初めて信仰するかと言うのは宗教家にとっても大きなイベントであり、毎年領内の一番大きな街では信仰祭と呼ばれる祭りで賑わう
誕生日の様な概念が無いので数え年で10歳になる子供達がこの信仰祭の期間中に信仰する神を決める事になる
「坊っちゃん、アメどうだい?」
神官だろうか?聖なる刻印の捺された赤いアメを渡そうとする
お前の言う坊っちゃんとはこの街の領主の一人息子なのだが…
信仰祭の期間中子供は親元を離れ街の施設で生活をする
神選びに親の影響を減らす為である
因みにベイルは法と秩序の神を、アリシアは均衡の神をそれぞれ信仰している
新しき神々の中でも七大神と呼ばれる最上位の神々だ
特にベイルはストレイターと呼ばれ信仰祭から一度も改宗した事がない熱心な信仰心を持っている
騎士や王族の家系では割りと良くある事らしいが
「どうした物か?」
お菓子で子供を釣る生臭坊主を無視して祭りで賑わう街を散策する
メジャーな七大神の宗派で熱心に勧誘をしているのは幸運と商売の神のところくらいだ
その性質上民間信仰で圧倒的なシェアを持ち、幸運要素から盗賊やギャンブラーの信仰も良く受ける
ストレイターが最も少ない神とも言われていて、夢見がちな子供からの人気は絶望的に少ない
やはり世知辛い
それだけに圧倒的な信者数を誇りながらも子供相手の勧誘が必死な部類に入るのだ
逆に子供からの人気が高いのが七大神の一柱、戦いと勝利の神やその右腕とされる戦いと勇気の神だ
男の子はそういうの大好きだもんね、うんオジサンもいい歳してなかったら食い付いてたと思うよ
「ケツ、宗教について教えて」
心の中で呟く
【注意】
私は尻ではありません
呼び出す際はOKゴーグルと言ってください
反応は相変わらず機械的だがリアクションは少し面白味が出て来た
学習の賜物であろう
【検索:宗教について】何を検索しますか?
ゴーグルはそう訪ねる
「信仰祭に来ている、縛りの少ない宗派を知りたい」
戒律とか何とかが煩雑だと狭間の空間の神々の求めに支障が出る可能性がある
【メッセージ】信仰祭おめでとうございます
その条件でしたら古き神々との契約をお勧めします
あまり戒律的な縛りはなく信者が少ない為無用の接触は最小限に絞れます
成る程、理に叶っている
「ありがとうケツ」
礼を言うと尻がどうのと抗議するゴーグルを放置して古き神々の宗派を見て回る事にした
「ほう、これは…」
神話の時代に新しき神々との戦いに敗れ力を失なったとも言われているが最高神クラスともなるとその規模は大きい
太陽神を祀る宮殿には様々な身分の子供達が集まっている
民間信仰としては農民からの信仰が厚く、王族等からの人気も高い
新しき神々は概念を司る事が多いが古き神々はその大半が自然現象の化身の様な神々である
その為に自然と密接に付き合う人達からの信仰を集めている
メジャー処は新旧どちらもそれなりの賑わいを見せているので古き神々の宗派の中でも一際マイナーな神を探す事にした
「御曹司、ウチなんてどうだい?」
木造の古びた施設の入り口で昼間から酒を飲んでた薄汚い爺さんが俺に声を掛ける
少し興味が湧いた
有名無名数多の宗教家達の中で俺が何者かを知っていつのはこの男が初めてである
【注意】不正なアクセスを検知しました、この男との接触を警告します
ゴーグルが突然声をあげる
「珍しいモン飼ってるじゃねぇか小僧、お前一体何者だ?」
爺さんが見た目に反したドスの効いた力強い声を発して俺を睨む
(ゴーグルを認識している?)
何者か?それはこっちの台詞である
「検索だゴーグル、コイツは何者だ?」
心の中で呟く
「やめておけ、ソイツは俺の事は知らない」 爺さんは盃の酒を飲み干すとゆっくりと立ち上がる
「俺の名はゴウラ、心を司る古き神ゴウラだ」
爺さんの身体にノイズが入ると老人だった男は3メートル近い大男の姿になった
神が時々地上に降り立って人々に奇跡を起こす
とは言うが神自らが信者の勧誘をするのは流石に必死過ぎるだろと思わなくはない
「それは狭間の空間の神々が与えるサポートツールだろ、お前転生者か?」
心を司る神だから俺の心の中にあるであろうゴーグルを検知出来るのか?
であるなら隠し事はおそらくは無意味だろう
「はい、女神様の命によりこの地で人探しをしています」
俺はゴウラと名乗る神に正直に話をする
俺の言葉の何かに反応したのかゴウラはソワソワとし出す
「女神、お前女神と言ったか?女神の名はなんと言うのだ?」
狭間の空間の神々とこちらの世界の神々は面識が有るのだろうか?
「残念ながら名前までは…」
聞きそびれていたので実際に名を知るところでは無かった
「緋色の美しい瞳の女神様でした」
瞳の話をするとゴウラの表情が変わる
「緋色の美しい瞳の女神…クラウディア様がお前の担当神なのか」
思い切り鼻の下が伸びた気がした
まああの美しさだ、気持ちは分かる
「お前、俺を信仰する事を許す」
神自らが信者の勧誘をしている貧乏そうな神を信仰するに値するのだろうか?
少々目の前の神が胡散臭く見えてくる
「あまり信者集めに興味はないが、こう見えてモンクや拳法家を中心にちょっとした勢力だぞ俺の宗派は」
ゴウラはそう嘯く
確かに心身を鍛えたりする事に関してはうってつけの神なのかも知れないが
「クラウディア様とお近づきになれるのならばお前の神々との約定の手伝いの一つや二つ喜んで協力してやろうではないか」
そう言うとゴウラは豪快に笑う
そんな不純な理由で大丈夫なのだろうか?
とは言え神自らが声を掛けてくれると言うのも多分名誉な事なのだろう
「俺はどうしても人探しの為の時間が必要です、教義に縛られると困るのですが…」
ゴウラに不安な要素を漏らす
そもそもマイナー神を探していたのもそれが理由だ
「我がゴウラ教の教義はそんなに複雑ではない…ただ心のままにあれ、この一点だけだ」
細かい事は後でゴーグルに聞くとしよう
木造の古びた施設に人の気配はない
おそらくは程よくマイナーな神なのだろう
「解りました、そのお誘いを受けようかと思います」
そう言うとゴウラは豪快に笑いながら元の老人の姿に戻る
「手続きじゃ、書類に必要事項を書き込むのじゃよ」
擬態ゴウラからも伝わる
不純な理由の下心を
【宗教ボーナス取得】
心を司る神の加護を得ました
・精神攻撃の無効化
・精神攻撃能力の向上
・ゴウラとの精神力の共有
・身体能力の向上
直接の勧誘を受けた事により信仰レベルが司祭級になります
信仰に依存した世界と言うだけの事はある
俺の様に効果が可視化出来なくても効果は肌で感じられるレベルなのだろう
「俺の宗派には神聖魔法の類いはないからアテにするな、あと自由な宗派なんで信仰レベルが高くても大したメリットは無いからな」
老ゴウラが身も蓋もない事を口にする
クラウディア様によろしく頼むと手を振る
自身の心にも正直なのだろう
信仰祭初日に信仰する神を見付けてしまった事で残りの時間が空いてしまった
ゴーグルにゴウラについてでも聞いておこう
翌日
「ケツ、ゴウラについて聞きたい」
やる事の無い俺はゴーグルを呼び出す
【注意】私は尻ではありません
【検索】ゴウラ
いにしえの神々の戦いにおいて戦いと勝利の神との戦いで唯一土を着けなかった闘神であり、いにしえの神々の戦いにおいて最強の神の一角とされる
修行者達を導く神として知られ古き神の中でもかなりの規模を誇る
ただし自己修練を一義としている為、宗教活動には積極的ではない
宗教というよりは道場の様であり、宗教施設よりは修行場を神聖視する傾向がある
また、ゴウラとの間に精神リンクが発生する為無尽蔵とも言える精神力と集中力を得られると言う特徴がある
【注意】私は尻ではありません
成る程、つまり俺は脳筋の組織に入った訳だ
自己修練を一義とするのは人探しをするには便利だな
もう少し大きくなったら修行と称して旅に出られそうだ
ゴーグルとの座学も昼過ぎにはやる事が無くなり街を散策する事にした
信仰祭の本番は二日目以降と言われていてその活況は前日以上にカオスだ
既に聖印を持つ俺に声を掛ける者も少なく気楽に祭りを楽しむ事が出来た
と、頭の中で久し振りに鐘が鳴る
転移者?
しかしこの街には今は対象になる年頃の余所者は居ない
領内の街である、当然何度か来ているし人探しもした
成果は無かったが
とすれば転生者か
転生者なら俺と同じ俺と同じ10歳か
転生者なら接触は不要か?
とも思ったが何か知っているなら情報は共有したい
鐘の音を便りに街をさ迷うと眼鏡をかけた坊っちゃん刈り?今の時代はショートボブっていうの?
そんな感じの身綺麗なガキが立っていた
眼鏡って確か超高級品だった気がするが…
「領主サイモン様の御子息様ではありませんか、何かお探しですか?」
眼鏡のガキが芝居掛かった口振りで俺に声を掛ける
『お前日本人か?』
日本語で接触を試みる
「異種族の言語に精通されているとは流石名だたる騎士の御子息様です」
簡単に化けの皮を剥がすつもりは無いらしい
だが何故?
奴も頭の中で煩く鐘が鳴っていて隠せないのは解っているハズだ…
「申し遅れました僕はジン、ジン=シャーウと申します」
シャーウ?ここら一帯でも最大規模の商会シャーウ商会の関係者か?
「以後お見知りおきを」
それだけ言うと背を向き行ってしまった
鐘の音も同時に離れていった
転生者との接触が憚られる理由でも有るのだろうか?
「OKゴーグル、転生者との接触について知りたい」
心の中で呟く
【ヘルプ:転生者との接触について】
質問をどうぞ
俺は先程の顛末を説明して何が問題だったのか聞く
【回答】問題はありません
ただし達成報酬が発生する事もあるので既に転移者と接触している可能性が有り相手への配慮も必要です
ミッション達成報酬か、確かにアレは魅力的ではある
だがそれは正解なのだろうか?
家に来たばかりの頃の全てを諦めていた、そんな顔をした凛子の顔を思い出すのだった
その後何事もなく祭りは終わり、半月ぶりに家路に着く
俺が身に付けている首飾り…聖印を見たベイルとアリシアは言葉を失う
古き神は別に邪教などと迫害を受ける神という訳では無いが、太陽神を除けば理由もなく信仰の対象にはあまりならない
「シロー…何故心を司る神なのかな?」
ベイルの疑問も尤もである
俺でも通常なら選択しない
「神様に直接勧誘を受けまして…」
ここは正直に話した方が良いだろう
と考えるのは些かこの世界の事を俺は正確に理解出来て居なかった
ゴウラは比較的地上に降りる神らしいが流石に直接の勧誘等はしないらしい
神の声に導かれて信仰を選ぶ子供を奇跡の子と呼び英雄やそれを支える神官として世を動かす事になるらしい
ゴウラの下心でそうなったとは言えない
それはバカ夫婦の親バカどころか領内が上に下にの大騒ぎになるのであった