第伍話 夜勤
真夜中の帝都に望海はいた。
自分でも違和感のある行動だと思ってはいたが身体は慣れているのかこの昼夜逆転生活に順応しているようだった。
この帝国では沢山のルーツを持つ人々がおり、言語に問題があるように思えたがご都合主義なのか?身体はそれに順応し、自然と相手に合わせていた。
「望海さん、ありがとうございました。夜は危ないですから、お気をつけて」
望海に与えられた行動範囲は帝都の長春から海も見える東莱という土地だった。
本当に比良坂町とは異なる膨大な行動範囲に望海は困惑しながらも業務をこなしていた。
そんなおり、望海は何かに取り憑かれるようにフラフラと何処かへ行き始めた。
「やっぱり綺麗。夜勤も悪くないな」
落ち込んだ時、望海は花を見る。
それは此方の望海も一緒だったようで夜間に咲く花「月下美人」を見ていた。
そして“彼方の帝国”でも同じく夜勤に勤しむ運び屋がいた。
「隼さん、ありがとうございました。また、機会があればよろしくおねがいします」
「...いや、当然の事をしたまでなので」
違和感を覚えながらも協会の近くまで依頼人を届ける隼の姿があった。
しかも彼は、帝国の中でも一ニを争う膨大な範囲を担当していた。
「母さんもこんな感じだったのかな」
隼は自分が母親の追体験をしているようだなと感じていた。
ただ、自分と母親は違う訳で。仲間と合流したいのだが上手く行かないというのが実情だった。
そんな中、隼に付き添ってくれたのが瑞穂と咲羅だった。
「隼君、お疲れ様。本当に凄いわ。夜勤なんて大変でしょうに」
「そう言う瑞穂さんだって、ちゃんと自分の仕事をこなしてる。立派な事だ」
そう言うと瑞穂は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「でも、少人数とは言え。咲ちゃんや隼君と合流出来て良かったわ。海鴎君も筑紫の方で朝方見つける事が出来たし。それにほら、私達って何気に同期なのよね。地理的に離れてたから実感も湧かないけど。今、こうして隼君と話してると落ち着くのよ」
「俺も、何か“懐かしい”感じがするなってずっと思ってた。気楽に会える訳ではないけど、心の底では繋がってるんだ」
そのあと、業務を終えた咲羅とも合流し3人で筑紫の街並みを歩いていた。
と言うのも、以前隼が幼少期住んでいる所に似ている事や七星家の屋敷の近くにも似ている所からの発想だった。
この状況下という事もあり、出来るだけ散らばらないように4人の集合場所としても利用していた。
「でも、面白い事もあるわよね。私達も自力で協会まで行けるんだもの。びっくりしちゃったわ」
「だが、デメリットもある。夜間にならないと念力を全力で使えなくなる。昼間は一般人と相違ないと言う事だ」
「だろうね。だとしても夜明け前には行動しておきたい。他のメンバーがどうなっているのかもわからない以上。此処は行動あるのみだと思う。山岸先輩達も何処にいるのかわからないし」
そんな風に寂しい顔をする隼を2人は慰めた。
隼としても2人が側にいてくれて助かっている部分もある。
どんな因果なのかは分からないが、隼はこの出会いに感謝していた。
「大丈夫よ、きっと見つかるわ。私も最初パニックになってたけど、嬉しい事もあるのよね。やっぱり自分の天職は運び屋なんだって。この世界でもちゃんとやってるんだなってそれだけは凄い安心出来たの」
「確かに、俺達が運び屋という事は今後も揺らぐ事はないだろう。それだけ分かれば十分だ」
「2人は凄いな。...でも、きっとそうなんだろうな。場所が変わってもどれだけ真逆の事をしていても根本は変わらないんだ」
そんなおり、3人も夜に咲く花を見つける。同じく「月下美人」だ。
「隼君、どうしたの?」
隼は何かに取り憑かれたように其方へと向かった。
2人は異変に気づき、慌て其方へと向かう。
「...この花。何処かで見た事ある気がする。何処でだ?」
そんな時だった、何処からか声が聞こえる。
『隼、心配するな。兄貴が助けてやるから』
「...颯先輩。そうだ、颯先輩に以前見せてもらった本に書いてあった。夜にしか咲かない貴重な花。それがどんな病も治す薬だって」
それと同時期、現実世界では颯が隼にそのような言葉を送りその場を後にしていた。
「悪い、ちょっと散らかってるけど緊急事態だから勘弁してくれ」
颯の実家に5人で向かうと、もう図書館といっても差し支えないだろう。立派な書庫があった。
勉強熱心なのだろう、室内にある机には付箋が貼られた本が積み重なっていた。
「ラボの方にも資料はあるだろうけど、多分こっちの方が専門性も高いと思う。隼も知識を詰め込むのが好きだからな。良く入り浸ってるよ。静かだから居心地がいいんだと」
「凄いの、天井までびっしり!でもこれ全部、見る訳にも行かないしジャンルは絞らないと。有りえるのは歴史が医学ね。颯、何処にあるか分かる?」
小町は颯に案内されながら手がかりを探すようだ。
「隼の奴だったら記憶力も良いだろうから覚えてるのかもしれないが、颯様もそこまで本の内容把握してる訳じゃねぇんだよな。こういう時、アイツが羨ましく感じるわ」
そんな時だった。颯の真上に一冊の本が落ち、その拍子に開いてしまったようだ。
颯は「なんだ?」と思いつつその本を見やる。
「...おいこれ!?成る程な、これは盲点だった。俺達は夜間勤務なんてしないしな。だけど、この花。そもそも比良坂町に存在するか?」
本を手に取りながら、颯は苦虫を噛み潰したような表情をした。