第弐話 怪物団地
「...ん?ここは?」
望海が目を覚ますと何処かの団地の一室にいるようだった。
まるで複数の団地をひとまとまりし、怪物のように立ち尽くしている。
「望海、起きた?まだ昼だよ」
そう言う彼女は望海の姉である光莉だ。
その歪な関係に彼女は気づいた。これは夢の中なのだと。
「光莉、ここは夢の中ですよね?私は自宅で寝ていたはずです」
「私も会議中に倒れた所までは覚えてる。やっぱりそうだ。可笑しいよここ、比良坂町じゃない。あんな多言語の看板見た事ない」
そう、団地から見える看板には望海達が読める言語もあるが違う字体の物が複数存在している。
沢山の人種が暮らす場所、そう言えばいいだろうか?
そんな時だった、外からドアノック音がする。
やはり”あの人“かと2人は警戒するまでもなく玄関の扉を開けた。
「やっぱりここにいたか。お互い、面倒な事に巻き込まれたな」
目の前の旭もそうだが、望海も光莉も普段とは違い何処かの異国の衣装を身につけているように思える。
本当に誰かに作り変えられてしまったように。
「とりあえず、旭も入ってきていいよ。3人で状況整理だけしておこう」
「悪いな、ここが2人の家なのは知ってるんだ。夢で何度も見てるからな。邪魔させてもらう」
彼を招き入れ、自分達が今何処にいるのか?を整理する事にした。
「ここ、長春は私達の起点のような場所です。帝国の首都でもあります。そして、私は夜間勤務の運び屋としてここにいる」
「望海は私の妹で、昼間は私が仕事をして夜は望海っていうのが私達の日常なんだ。...でも、どうしてこんな事に」
「俺はお前達姉妹とは違う所の担当だ。そうだ、確か物資を届けてたんだ。海の近くに。本当にどうなってる?余りにも歪過ぎる。同じ名前で関係がこんなに変わるなんて」
「旭さんの言う通りです。でも、何故でしょうか?何処かホッとするような気持ちにもなるのです。あの、もう少しだけこの世界を見ていきませんか?何か突破口が見えるかもしれませんし」
その言葉に光莉と旭は目を合わせた後、仕方ないと言った雰囲気で頷いた。
「まぁ、これも何かの縁だし。こういうのは抵抗せず、素直に受け止めてナンボだよ。ただ、玉ちゃんもそうだし他のメンバーも心配だ。気味が悪いよ。何か、今まで築き上げてきた物が一瞬で無に帰るような。そんな感じ」
「その言葉には同意する。比良坂町にいる俺が凄く遠くにいるように感じるんだ。この俺が今の俺なんじゃないかって錯覚になる。どうだ?少し外に出てみないか?運び屋としても地理の把握は必要不可欠だろ?」
「そうですね。とりあえず、皆さんの事も心配ですが。今の自分に出来ることをしましょう」
3人で家から出ると、とある老人に話しかけられた。
「もしかして、斑鳩様!貴方もここに!?」
東屋のスポンサーでもあり、以前は本間家や夢野家とも関わりのあった名門斑鳩家の入婿である斑鳩合蔵だった。
「可笑しいね。さっきまで燕ちゃんを会議に出るのを見送っていたんだが。気づいたらこんな場所にいて。私も驚いたよ」
「斑鳩の爺さんがここにいるなんて相当だぞ。どんな因果が働いているんだ。これは何かの陰謀なのか?」
「そこまでは分かりませんが、この4人って普段からもお付き合いしてる仲ですし。親しい人の元に集まるのでは?いえ、違いますね。逆なんてしょうね、ここで親しくしているから現実世界でも同じような関係になる。私達は今、深層心理の中にいるのかもしれません」
そのあと、斑鳩は何か思い出したかのように口を開いた。
「そうだ、私は3人を呼びに来たんだよ。皆んな、野師屋様が呼んでる。とりあえず、拠点に来てもらえないか?」
この団地の別棟に野師野の自宅兼事務所がある。
玄関には「福」の字を逆さまにした札が貼られており、呼び出したという事もあって扉は開いているようだ。
中に入ると壁際にはソファとテーブル。いつも彼は奥にある立派な事務椅子に鎮座しているが、今日はそれと共にある事務机に背を預けているようだった。
比良坂町では存在しない野師屋という存在、だが夢の中で望海達にとっては絶対的な存在だった。
組織のリーダーとして、圧倒的なカリスマ性を持ち太陽を摸した耳飾りが印象的な人物だった。
「やぁ、皆んな揃ったね。お帰り。私の大切な仲間達」
黒の長髪を一つの三つ編みに纏め、妖艶な雰囲気を纏う青年が野師屋の正体だ。赤と水色の民族衣装を身に纏っている。
その時、旭は気付いた。髪色は違えど朱鷺田も同じような髪型を以前していた事に。
だからこそ、自分は野師屋と朱鷺田を重ね惹かれてしまったのかもしれない。
そのあとの事だった。突然、光莉が泣き始めたのだ。
「野師屋様!何で突然いなくなっちゃったの!?皆んなそうだよ、貴方が居なくなって寂しい思いをしてたんだ」
「ありがとう、光莉。でもね、時代の流れには逆らえないんだ。もうじき、ここは存在しない亡国と成り果てる。私はね、君達を誇りに思っている。君達の“名前”が後世に続く事を願っているんだ」
その時、望海は気づいたのだ。どうしてこんな夢を見るのかと。それは野師屋が現実世界に存在しない事。
“亡国の運び屋”である事が自分達のネック、いわゆる後悔に繋がっているのではないか?と。
この場所で野師屋と変わらぬ日々を過ごす事が自分達の幸せなのだと共通認識として存在していたのかもしれない。
「野師屋様、ここが夢の中。貴方が幻影なのは私達も承知しています。でも、いいえ。だからこそ、私達は貴方と共にいたい。離れたくないのです」
「そうか、望海はそう思うんだね。でも、私は君達を突き放すよ。何度でも、君達は覚えがないかもしれないけど何度も何度もこの夢の中で君達にあってるんだ。でも、一向に離れてくれようとはしなかった。と言うより、出来なかったのかもね。噂で耳にした事があるんだ。運び屋だけが罹る病が存在すると」
その言葉に旭は目を見開き、続けてこう言った。
「もしかして、病に罹った事によって俺たちは夢を自覚するようになったのか?」
「旭は賢いね。そうだよ。鍵はこの夢の世界にあると私は考えてる。ただね、ネックがあって。私達は地理的に本島の帝国から離れた所にいるんだ」
「...もしかして。比良坂町にあった琉球のように。ここは本命の場所ではないと?」
「そうさ、多分今頃。“彼方の帝国”にも複数の運び屋が送り込まれてくる。それは君達の仲間かもしれない。担当場所を変えられて、別の存在としてそこで生きている」
「...じゃあ。トッキーや鞠理も俺たちの後に続いてこっちに来ちまうって事か。これは大変な事になったな」
二つの帝国を股にかける夢の世界。
野師屋の語る真実は望海達にとっては衝撃的な物だった。