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裏社会の三兄姉弟1

 路地裏に響く、下卑た笑い。表を歩く人もまばらなそこは、治安の悪さで有名な町。路地裏で少年が暴行を受けていても、誰も止めないし通報もしない。ここでは生き残った者こそが正義となる。無法地帯と言えるその地区で、有名な若者がいる。

 「オニーサン達ぃ、何してんの?」

 少年が暴行されてる路地裏に、背の低い少年が現れた。年の頃は15歳前後とみられる。青い髪にサングラスをかけていて顔の大部分は見えないが、顔立ちは整っていることが分かる。体に合っていない大柄な黒いパーカーと半ズボン、左膝にはサポーターをつけている。

 「そいつ、僕の弟なんだけど?」

 突然現れてそんなことを言う場違いな少年を一瞥し、男たちは暴行を再開した。そのうちの一人がサングラスをかけた少年に言う。

 「ハッ、こんなとこに来たお前らがバカなんだろ?お前もこうなりたいのか?それともそのお綺麗な顔をグッチャグチャにされてぇのか?」

 「ハハッ、下品だねぇ。それにしても、ここを溜まり場にしてる癖に僕を知らないってことは、つい最近ここに来たのかな?」

 少年の表情は逆光により窺えない。しかし少年は物怖じせず自分より三回りほども大きな男に向かって歩く。男はそれを蛮勇と思い込み、向かってくる少年に拳を振り上げる。

 と、途端に男が崩れ落ちた。上から飛び降りてきた少女が、男を足蹴にしながら立ち上がる。少年と同じくオーバーサイズの黒パーカーを着ているが、頭には黒い帽子をかぶり、ホットパンツを履いている。その手には、綺麗な白髪とかわいらしい顔立ちには似合わない大柄なスタンガンが握られている。

 「おーナイスタイミング」

 「バカなの!?負けるかもしれないでしょ!」

 「いやぁ、いつも大丈夫だからさ」

 そう言いつつ、少女の声に振り向いた他の男に向かって少年は走り出す。わずかな距離を一瞬で埋め、いつの間にか手にしていた金属バットで手前の男の顎を殴る。すぐに振り返る動作で、隣の男の膝を砕く。ようやく事態を把握し出した残りの男を、側頭部、喉元、鳩尾と急所を狙って殴り続ける。小柄な体で機敏に動けば、図体がでかいだけの彼らは一瞬で沈められた。

 「僕、(シノ)だしね」

 篠と名乗った少年は、表情を変えないまま少女に言う。能面のような、少しの感情も感じられない顔。少女は対照的に表情を怒りから呆れに変えた。

 「篠って…そっちで使ってる名前でしょ?ようやく話してくれたと思ったらこれだよ」

 少女は倒れている男達を無視して、殴られていた少年に向かう。

 「おーい、茉秋(マシュ)ー?生きてるー?」

 「…なんとか、ね」

 長い茶髪の少年はわずかに身動ぎして答える。弱気な声だが、動いても痛がっていないところを見れば骨は無事なようだ。

 「唯巫(イヴ)、茉秋を介助してやって。僕はこいつらどうにかするから」

 殴られていた少年、茉秋は頭から血を流してはいたが、幸いにも意識はあった。唯巫は近くに投げ捨てられていた茉秋のパーカーを拾い、自分よりいくぶんか背の高い茉秋に肩を貸した。

 「ただちょっと探し物があっただけなんだけどなぁ…変なのに絡まれちった」

 「茉秋はそういうとこあるよねぇ、巻き込まれ体質というか」

 唯巫は少し離れた場所に茉秋を下ろし、茉秋は壁にもたれるように座った。

 茉秋の顔の血を軽く拭きながら、唯巫は篠と名乗った少年を横目で見る。

 篠こと志吾(シア)、唯巫と茉秋の兄である彼は、唯巫たちが物心ついたときにはすでに暗い世界で生きていた。唯巫たちが知らない仲間がたくさんおり、相応の地位まで持っていると唯巫が知ったのはつい最近の事だ。唯巫は自分たちの家庭環境が普通ではないことは知っていたが、両親がいないどころか唯一の保護者である兄が裏の世界で生きていたことを知り、また自分たちはそんなことを露知らずに平然と生きていたことがわかり、自分の無力さが憎らしいと思った。

 そんな中、弟の茉秋が暴行を受けていると志吾から聞き、自分も何かできないかと二人で駆け付けたのだ。しかし自分ができたのは一人を気絶させただけ。いくら月日が違うとはいえ自分より小柄な兄より成果がない。茉秋の情報を手に入れられたのも兄が篠として使える手足が多いからだ。

 「…お兄ちゃんって、どんどん遠くに行くよね」

 唯巫はそう零す。志吾が今連絡しているのは、いったい誰だろう。妹として彼のことをそこそこ知っている自負はあったのに、彼は自身の多くを明かさず、また知れば知るほど遠くに行くような気がした。

 「そうかぁ?もともとそんな近くにはいなかっただろ」

 「茉秋は、前から知ってたの?」

 「いや?でも、なんか隠してんなぁとは思ってたよ。出身校ははぐらかされるし、親についてもなんも言わないじゃん」

 「…そういえば、そうだったね」

 唯巫たちの年齢はそう離れてはいないが、同じ学校に通っていたことはないし、質問しなかったからかもしれないがこの年になるまで自分の親のことを聞いていない。授業参観にも面談にも、兄の知り合いの人が来ていたくらいだ。

 「よし、お前らどうだ?茉秋、走れそうか?」

 「いやさっきまで倒れてた奴に言うことか?まあ骨は折れてないし大丈夫だけど」

 電話が終わった志吾が振り向いて話しかける。気が付けば、暴漢たちはまとめて一か所に積み上げられていた。

 「ここから家までは遠いなぁ、むしろ僕が持たないか。よし、行く場所決めた。こいつら処分したらすぐ走れるようにしとけよ」

 そんなことを志吾が言っているうちに、チリンと鈴の音がした。志吾は音がした通りの方に行き、戻ってきたときには透明な液体が入った2Lのペットボトルを持っていた。その液体を積み上げられた男たちに満遍なくかけて、残ったペットボトルは少し離れたところに置いた。

 「さ、そろそろだぞ」

 志吾はそう言うと、ポケットから取り出したライターに火をつけ、男たちに投げた。

 ライターが男たちの濡れた服に着くと、瞬く間に火が燃え広がった。炎の下から男たちのうめき声が薄らと聞こえる。

 「走るぞ!」

 志吾が叫び、走り出した。唯巫と茉秋も慌てて追いかける。

 とはいえ、志吾の足はたいして速くはない。むしろ道案内役として先頭を走らせているだけで、唯巫も茉秋も負担にはならない。

 「ってか、もうちょいしたら表通りじゃん!さすがにバレるでしょ!」

 「確かに…放火だろ?結構派手だったし、走って逃げたりしたらわかっちゃうんじゃ…」

 志吾の思惑が一切分からない状態で、唯巫も茉秋も不安になる。志吾は息が切れているのか、途切れ途切れに答える。

 「大、丈夫、表の、カメラは、全滅してる。それに、表には、出ない」

 監視カメラに映る心配はない、ということだろう。こんな治安の街だ、目撃情報などあてにならない。そうとわかっているからこそだろうが、志吾は多くを語らないままこちらの解釈に全てをゆだねてくる。

 しかし言ったとおりに表通りに出る一歩手前で横道に逸れ、裏通りよりも細い道を進んでいく。

 「ここ、だよ」

 志吾は突然止まり、唯巫と茉秋も同じく止まる。そこは何の変哲もない住宅街の一角。扉に小さく『営業中』の看板がかけられていなければ、それこそ普通に通り越してしまうだろう。

 「おーい、兄さんいる?」

 志吾は扉を開けながら間延びした声で言う。唯巫と茉秋ははてなと思った。志吾は長男で、上に兄弟がいるとは聞いていない。もしくは他人にも兄さんと呼ばれている人物がいるのだろうか。

 「お、志吾クンやないの!久しぶりやなぁ」

 訛りの強い声が奥から聞こえてくる。志吾は何のためらいもなくその店に入って行く。唯巫と茉秋も続いて入って行く。

 店内は民家を改装した大衆食堂のような見た目だが、客は誰もいない。その理由は奥から出てきた人物を見ればなんとなくわかった。その青年は優しそうな顔立ちとは裏腹に、目元には大きな火傷の跡、頬には縫い傷がある。顔以外にも見えているところには酷い傷跡が目立った。

 「ん?志吾クン、この子たち誰?」

 「妹と弟。弟の方の手当てしたくてさ」

 「あんなぁ、いくら俺がこんな面しとるくせにただの定食屋やってるからって、体のいい隠れ家にしすぎや!俺はあくまで堅気やし中立やねんで!?」

 青年は騒ぎながらも救急箱を取り出し、茉秋に席に座るように促した。

 「分かってるって。雷燕組は絶対にこの店とこの周辺は守るし、魁斗(カイト)兄さんには迷惑かけないよ」

 志吾はそこから少し離れた席に勝手に座り、不器用に笑って見せた。

 「ライエン組だかライオン組だか知らんけど、それって派閥とかに数えられとったりせんの?」

 青年・魁斗はガーゼを消毒液で濡らしながら志吾に問う。志吾は軽く笑い、備え付けの割りばしを一つ取って手遊びにしながら答える。

 「雷燕組は僕以外この店を使わないし、守るとはいえここらを縄張りとして見てるわけじゃない。言わば聖域さ。他の組に目をつけられたら全力で抵抗するけど、警察(サツ)に聞かれたら無関係だって言うよ。ここは特別だ」

 「何度聞いても嘘くさいなぁ君は。胡散臭い。あ、弟くんちょっと染みるでー」

 「はは、手厳しいねぇ。嘘も方便というし、嘘つかないとやっていけないことではあるけどね。でもこればかりは嘘じゃないよ」

 「ところで、妹ちゃんと弟くん、びっくりしとるみたいやけど、こういう話しとらんの?」

 「ついこの間したばっか。この店のことは初めて知っただろうね。魁斗兄さんのことも」

 「そうなんや。なら自己紹介せんとな」

 魁斗は新しいガーゼと包帯を茉秋に当てながら言う。

 「俺は魁斗、ここで定食屋やっとる。ホンマは上京してからずっとここの親父さんと二人でやっとったんやけどなぁ、三年くらい前に『究極の味噌汁を作りたい!』とか言って出てってから一人でやっとるんよ。けど元々常連さんもおらんかったし、俺はこんな見た目やからずっと閑古鳥が鳴きっぱなしだったんよ。けど今は志吾クンがよう来てくれるようになってなぁ、助かっとるわ。妹ちゃんも弟くんも、ここ来てええからな」

 「うん、二人とも雷燕組とは無関係だし。それに、ここは雷燕組本部より安全とすら言えるしね」

 「ちょいちょい不穏な感じ入れてこんでや」

 魁斗は茉秋に包帯を巻きながら呆れた声を上げる。しかし志吾は気にすることなくへらへらとしている。

 「まあまあ。そうだ、定食頼んでいい?」

 「手当終わってからな。人使い荒いわまったく…」

 ほどなくして手当は終わり、魁斗は奥に入って行った。その時を待っていたと言わんばかりに茉秋は志吾に詰め寄る。

 「で!?ここは一体何なんだよ!?店主…?店員はゾンビみてーな格好だし、雷燕組のこと知ってるし!しかもさっき言ってた『雷燕組はこの店を守る』ってなんで兄さんが言えるんだよ!兄さん以外使ってないんなら…」

 今にも志吾につかみかかりそうな勢いで叫ぶ茉秋を、志吾は指を一本立てて止める。

 「お前は知らなくていいよ…いや、知らない方がいい」

 その目はどこか優しく、子供を諭すそれだった。茉秋と志吾の歳の差は僅か三つ。いくら背を追い越しても、その年の差を覆すことはできない。しかしたかが三つされど三つと言いたげな志吾の表情にどこかもどかしさを覚えながら、茉秋は先ほどまで座っていた席に戻った。

 「…でも、さすがに説明は欲しいんだけど…お兄ちゃんも、茉秋も」

 唯巫が静かになったその場に向けて言った。その目は包帯が巻かれたことにより先ほどよりも痛々しい風貌になった茉秋に向けられていた。

 「俺?何を言えばいいんだよ」

 「今日の喧嘩?というか殴られてたの、誰?知り合い?」

 「いや知らんけど…てか知り合いなら兄さんが燃やした時止めてたから」

 「じゃあなんで殴られてたの?」

 「うーん…よくわからんけど、最近あそこによく集まってたっぽい。新参者だとは思うけど、先週行った時にはいなかったからそれこそ数日ってとこでしょ。そんだけしかたむろってなかったのに我が物顔で俺にガンつけてきてさぁ…でも喧嘩とかしたことないし、普通にボコられたよね、はは」

 笑った拍子に切れた頬が痛んだのか、茉秋の表情がピリと硬くなった。茉秋はそれをどこか恥ずかしそうにさすりながら話を変えるべく口を開いた。

 「てかよく気付けたよな、なんで見つけられたんだよ」

 「さあ?私はお兄ちゃんが急に出かける準備したから聞いたら『お前もついてくる?』って。まあついていったけど、まさかスタンガン渡されるとは思わなかった」

 「てことは兄さんが最初に気が付いたのか…」

 「なんだよ僕は悪くないぞ?ただあそこに最近変なのがいるってのは知ってたけど、まさか鉢合わせるとは思ってなかったわけ」

 「だからなんで気付けたんだよ」

 呆れ顔の茉秋に、志吾は当たり前なことを何をいまさらと言わんばかりに肩をすくめる。

 「そりゃ、教えてくれたんだよ。若い衆が」

 「若い衆?」

 「…僕が雷燕組でそこそこ高い地位を持ってるとは言ったよね。ってことは部下がいるんだよ。僕はまだ若いから、中堅はあんま引き抜けなくてね。結局組で持て余してた個性派と若者を集めたってこと。まあ僕が最年少なんだけどね」

 「はいはーい、別に防音はいい物件やけど、そない物騒な話そうそうせんといてや。おまっとさん、焼き鮭定食やでぇ」

 いつのまにか魁斗がプレートを持って横に立っていた。器用に味噌汁なども乗った3つのプレートを持っている。

 「おーありがと。やっぱこの店はこれだよなぁ」

 志吾は呑気に一番不安定なプレートを取る。動きやすくなった魁斗は唯巫と茉秋の前にそれぞれのプレートを置く。

 「わーおいしそう!」

 「兄さんの作る料理はワンパターンだからなぁ」

 「うるさいな、文句あるなら自分で作れ!カップ麺じゃないだけいいだろ」

 味噌汁をさましながら志吾が言い訳をする。

 「俺はいつもカップ麺やで、いちいち作るのめんどうやん?」

 「「それはさすがにないわ」」

 志吾と茉秋が同時に魁斗にツッコミを入れる。

 「いや、食材はあるでしょ?せめて作りなよ」

 「普通に定食作れるなら作れますよね?」

 志吾と茉秋に責められ、魁斗は困ったように両手を上げる。

 「せやろけど、俺焼き鮭定食しか作れへんし…」

 「え?この店のメニューって…」

 頬張っていたサラダを飲み込んだ唯巫がお品書きを探しながら聞く。志吾と魁斗は揃って答えた。

 「「焼き鮭定食」」

 「…ほんとに他にはないの?」

 「「焼き鮭定食。」」

 あまりにあっけらかんと答えるものだから、唯巫は呆れ果てた。


 「ありがとうございましたー」

 「おーきに、また来てや」

 時刻は定食を食べ終えて昼下がりになったくらいだ。休日の昼下がりなど、普段は各々別々に行動しているので、三人そろって家に帰るのはかなり久々である。

 「…俺この後宿題やるつもりだけど、二人はどうすんの?」

 沈黙に堪えかねた茉秋が前を歩く二人に問う。二人は少し考えて、どちらが話すかを窺った後、唯巫が口を開いた。

 「私も宿題やるかなぁ、うあーメンドクサイ~」

 「僕は仕事やろうかな、夕飯の仕込みするには早いし」

 「じゃあ三人とも家にいるのか…」

 それこそ数か月ぶりに休日に三人が揃うことに茉秋はなんとはなしに言った。

 「なんだよ僕が居ちゃ不満か?」

 「いやそういう訳じゃない」

 「私の方!?」

 「そういう意味でもない!」

 からからと笑う志吾と冗談に対して綺麗にツッコんでくれたと喜んでいる唯巫に、茉秋は盛大にため息をつく。どんなに嫌なことが起きても、この二人はどこかで見守ってくれているのだとふと思い、先ゆく二人に見えないように少し俯いて微笑んだ。

好き勝手に書いてます。

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