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十四、きっと明日は

 ひとり夜道に佇み、七葉は心の中で義経の言葉を反芻した。


(担当者……)


 そうか。

 そういう意味か。

 義経は妖狐――妖のあやかし。

 この一帯は彼の縄張り。そこに暮らす七葉は、義経にとって「担当区域の住人」なのだ。


 そういえば。

 引っ越してきた当日に、七葉は祠の前で手を合わせて挨拶をした。

 「篠森七葉です。どうぞよろしくお願いします」と。

 だから義経は、七葉のフルネームを知っていた――。


(って、信じちゃうんだ、わたし)


 まさに狐につままれた気分で、マンションの玄関をくぐる。

 集合ポストの自分の部屋番号のボックスを開けると、薄桃色の細長い紙が一枚、ぺらりと入っていた。

 宅配業者の不在通知用紙だ。


「……おばあちゃんから?」


 送り主の欄には、北海道にいる祖母の名前。

 『荷物は住人用の宅配ロッカーに入れました』という欄にチェックマークが打たれている。

 急いでロッカーを開くと、小ぶりな段ボール箱がひとつ入っていた。

 持ちあげた途端、


「おっと」


 思わず声が出た。

 油断していた。手に取った箱はサイズの割に、ずっしりと重い。


「おばあちゃんってば、なにを送ってきたのよー」


 よろけながら取り出し、段ボールの上面に貼られた配送伝票に目をやる。

 内容を記入する欄には、見覚えのある優しい文字で、こう記されていた。


『お米など』


「……など、って」


 おばあちゃんらしい、と思った。

 箱の中にはきっと、いつも実家で食べていた道産米が入っているのだろう。

 重さから推測するに、白米の他にも七葉の好物が福袋のように少しずつ、ぎっしりと詰めこまれているに違いない。

 

 なんとも言いがたい感情が、胸の底からじわりとこみ上げてくる。

 くすぐったいような、ばつが悪いような、でも温かい気持ち。


(おばあちゃん、気づいてたのかな)


 七葉が、食べていないこと。

 もしかしたら、七葉がついた嘘にも。


 東京の暮らしが快適だとか、職場の人たちはみんな優しくしてくれるとか、今回の転勤は単なる人事異動だとか。

 苦しい強がりだとわかっていて、それでも何も言わないで、この食材を送ってくれたのだろうか。


 ふう、と深呼吸をひとつ。

 段ボール箱を抱えなおし、アパートの階段をのぼり始めた。

 踏みしめる靴音は何故か、今までより力強く響く。


 「朝飯食えよ」

 笑いながら、義経は言っていた。


 「しっかり食べて、生きてください。命あるものとして」

 そう諭したのは、久楼だ。


 そして故郷の祖母は、こんなタイミングで食料を送って来る。


(みんな、わたしのご飯の心配ばっかりしてるなあ)


 知らず、笑みがこぼれた。

 今夜こそ、山積みになったままの引っ越し荷物の中から炊飯器を救出しよう。

 そして米をといで、炊き上がり時間のタイマーを少し早めにセットする。明日の朝は、しっかりお腹を満たしてから仕事に向かうことができるように。 

 それから。


(明日こそ、おばあちゃんに電話しよう)


 久々に、本当に久しぶりに、思えた。

 ひとりぼっちではないんだな、と。


 きっと明日は今日より少し、いい日になる。


お読みいただき、ありがとうございました。

いつか、また別の物語でお会いできますように。

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