魔王とことわざ
魔王フレアは暇を持て余していた。
ここは魔国シルバニア。魔界統一を成し遂げた偉大な魔人の国である。
そしてその国を治める人物、王であるフレアは圧倒的な魔力と膂力を持ち、彼の前に敵はなく、また挑む者もなかった。
彼が魔界を統一してから、世は魔界と呼ぶにはいささか平和となってしまった。
それは全て強者たる魔王その人の力によるものであったが、その現状に魔王は不服であった。
強敵との戦い、まだ見ぬ頂の景色への挑戦のために、魔界統一へと乗り出したにも関わらず、その戦いはあっけなく終わってしまった。
日がな退屈な時間を送るだけの日々。
玉座にて頬杖をつきながら、魔王フレアは今日も配下へと尋ねる。
「ふむ、暇だ。なにか目新しいものはないのか?」
フレアが訪ねるも、控える家臣たちに答えないるものはいない。否、応えられるものはいないいうとのが正しいか。
ここ数年、この問答は進展のないままだ。
魔王を楽しませるほどの目新しい『モノ』。
魔界を統べる王の見ていないものなど考えられるわけもなく、ましてや失敗を怖れるあまり、配下の誰もが口を開かないでいたのだ。
「陛下、このサフランめが僭越ながらご提案させていただきます」
しかし今日は違った。
配下一の頭脳を持つ参謀サフランが応えたのだ。
他の配下たちは一様に皆、サフランへと視線を集める。
さて、サフランが持ってきたものはどんなものなのか。
「ほう、サフラン。よいぞ、申してみろ」
「昨日、鬼いちごの林にて人間界からと思わしきアーティファクトが見つかりました」
「ほう!それはおもしろそうだな!」
魔界では、ときたま人間界の物が見つかる。
魔界に迷い込んだ人が持ち込んだのか、あるいは物だけが勝手に送られてくるのかは分からないが、何年かに一度発見されるのだ。
王の所望する目新しさのある物だ。
上手く手柄を立てたものだと、配下たちはサフランのことを恨めしく見つめた。
「ただ、人間界における『日本語』で表記されておりまして、解読に少々時間がかかっております」
「解読?つまりは書物か!書物とは、久方ぶりではないか!!」
フレアが興奮を隠しきれないのも無理はない。
遺物はそれだけで稀有なもの。
さらに今回は情報が記載されている書物である。暇を潰すにはもってこいだ。
「こちらがその書物になります。内容については、別に写しを取っており解読は進んでおりますので、ご心配には及びません」
差し出されたのは、一冊の薄い本。
シンプルな絵と、なにかの記号のような文字が並ぶ。
「解読班より、表紙と数ページ目の一行目のみ解読が済んだとの報告があります」
「さようか。して、なんと書いてあるのだ?」
「まず表紙。こちらには『はじめてのことわざ』と書かれていたそうです」
「はじめての...ことわざ?」
聞き馴染みのない言葉だ。魔王フレアは頭を捻りながらサフランの言葉を待つ。
「『はじめて』という部分は以前見つかった日本語の書物から単語として最初というような意味合いで機能していることが分かっています。また『の』についても単語を繋ぐ単語としての意味合いであると、以前魔界にきた人間により明らかになっております。しかし、今回初めてとなる『ことわざ』については、解読班も考察がつかないとのことです」
「ふぅむ、なにを指し示すだろうか...。そうだ、残りの解読が済んでいる一行目にはなんと?」
「『二階から目薬』と書かれていたそうです」
「二階から目薬、だと?」
魔王フレアは思考する。
聞き慣れぬ『ことわざ』なる単語。そして、『二階から目薬』などという意味不明の文章。
はたして、これが人間界でどのように使われているのか。
二階も、目薬も、魔界語に直して考えれば意味はわかる。しかし、二階から目薬となると、それはまったく未知の出会いであった。
数分思考を巡らせたフレアであったが、考えども考えども、その意味を思い付くことは出来なかった。
「ええい分からん!二階から目薬だと?それがなんだというのだ!」
「陛下。このサフランの考察をお聴きいただいてもよろしいですか?」
「なんだ、申してみろ」
「これは、人間界の武芸書なのではないかと私は考えております。『はじめて』という部分から、これは入門書であるということが考えられます。また、『ことわざ』の部分に注目していただくと、『わざ』という、魔界でいう魔法や体術を意味する言葉が混じっております。この二つのことから、武芸書なのではないかと思いました」
「ほう、それは面白い考察であるな。つまり、人間界には『二階から目薬』なる武術があるということか」
「はい。よろしければ、二階から目薬とやらを実践してみませんか?さすれば、私の考察が合っているのか否か、または、違う可能性を見つけられるかもしれません」
「うむ、それは最もだ。上手くいけば、人間界の武術を我がものにすることができるしな!よし、では我はこれより『二階から目薬』を行うぞ!皆、用意しろ!」
「「「「ははぁ!!」」」」
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魔国、王城レッドルーフ。
先代魔王と今代魔王との争いのなか、血飛沫により屋根が紅く彩られた城である。
そして、その二階部分バルコニー。
目薬を構え、気を高める魔王フレア。
「...ここからどうするのだ?」
至極最もな疑問が沸いた。
サフランがそれに答える。
「二階、『から』、目薬とありますので、下にいる対象の目に薬液を落とすのではないでしょうか?下にアンデッド兵を用意しましたので、そちらにお試しください」
「それのどこが武術なのだ?」
「さぁ...人間界の武術ですので」
「やはり人間、矮小な存在であるな。その程度のことを武術とするとは、なんと愚かな。ふん、そんなことはこの魔王にかかれば簡単であるぞ」
魔王がつまむ目薬から薬液が垂れる。
薬液は三メートルほど下にいるアンデッド兵の目に入...らなかった。
「なんだと?!」
フレアはすぐに二滴目、三滴目と薬液を垂らした。
しかし、それらも尽くアンデッド兵の目を避けていく。もはやアンデッドの顔はびしょ濡れだ。
「なんと、二階から目薬がこれほど難しいとは!」
「まこと、難度の高い武術でありますな...」
「もしや、やり方が違うのか?」
フレアは考える。
二階から目薬を落とすなど、なんのメリットもない。普通に落とせばいい。なんの価値もない。
しかしそれでも行うということは、可能にすることによってメリットが生まれるということになる...。
「!」
魔王フレアの頭に閃きの稲妻が走る!
「くっくっくっくっ。わかった!わかったぞ!」
「さようですか、陛下!」
「あぁ、見ていろ」
フレアは目薬の容器を握りつぶすと、魔法の詠唱を始める。
「『ウォーターランス』!穿て!」
手の平から薬液で作られた水の中級魔法が放たれ、アンデッド兵の目を貫いた。
「この技は、上階から目薬を触媒に水魔法を行い、敵を排除する技であるな。自身の魔力だけで行うよりも、簡易的な触媒を用いて行う魔法のほうが威力を高めることができる。つまりは、目薬という持ち運びが容易な触媒は最適ということだ。二階から落とすことでさらに減速させることなく技を当てることができる!技としては完璧であるな!ううむ、人間め、侮れん!」
「たった一行の文章から、そこまで読み解かれ、そして我がものにしてしまうとは...。やはり魔王様こそ、最強ですな」
「くっくっく、ふはははは!」
魔王フレアの笑い声が、城中に響き渡る。
かくして、魔王フレアは『二階から目薬』を会得した。
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短編ですが、連載も視野に考えておりますので、皆様からのご意見等もお待ちしています。