行ったり来たりする地券
●行ったり来たりする地券
越前守と左衛門佐は苦慮しています。
「どうして、こんなまともじゃない母上を持ったんでしょう……」
「親ガチャよ。なんとかお心を入れ替えていただけるよう、お祈りでもするほかあるまい。それより、大将殿にはきちんとお返事せねばならんな。我々の将来もかかっていることだし」
「どのようにお返事なさるのですか?」
「慎重に言葉を選ばなくては」
越前守は左衛門佐と額をつきあわせ、母親が書くべき大将宛ての返事を代筆します。
『大将殿のお言葉、謹んで承りました。私どもは、今後は、大将殿ただお一人をお頼りもうしあげなくてはなりません。お返しいただいた荘園の地券のかずかず、三の君と四の君は『亡き父上のご遺志に背くのは憚られる』と申して、遠慮しております。ですが、大将殿のせっかくのご厚意を無にしてはなるまいと思い、こちらの手元に置かせていただくことにいたしました。ただ、こちらの屋敷は、亡き大納言が『大将殿から賜った身に余るご孝養になんとかお応えしたい』と、深く考えた上でさしあげたものです。その遺志を大将殿がないがしろになさいますと、亡き大納言の霊が不本意と思うかもしれません。大納言殿に何か障りがあるかもしれず、そうなったら申し訳ないと、悩ましいのでございます。この屋敷の地券は、どうぞお納めくださいませ』
「この文面で、どうかな?」
「いいと思いますよ」
左衛門佐は微笑んで、兄にVサインを示します。
越前守は母北の方のところへとってかえし、屋敷の地券を手にします。
北の方は眉根を寄せ、
「ちょっと! それ、どうするの?」
「やはり、父上のご遺言のとおりにしようと思います」
「冗談じゃない。大将殿がくださるとおっしゃったんでしょうが。こっちへ寄越しなさい。寄越しなさいってば!」
「母上……。目先の損得勘定だけで騒ぐのは愚かなことですよ」
越前守は地券を持って、左衛門佐とともに、大将と大将の北の方(姫君)のいる部屋へ戻ります。見ると、簀子には、大将邸から迎えにきた牛車がすでに横付けされているのでした。
「お発ちですか。最後のご挨拶に参上いたしました。これは母からの書状でございます」
道頼が書状を開封すると、さっき返したはずの地券が同封されているではありませんか。道頼は書状にさっと目を通し、苦笑します。
「こちらのお屋敷が赤の他人の手に渡るならともかく、そうではないのだから、亡き大納言殿の御霊も納得されると思うよ、私は。故大納言殿の北の方さまは、このままここにお住まいになる。亡くなられた後は、三の君と四の君が所有される。そうすれば、私の北の方が父君から相続したのと同じことになるよね。だって、ここにいるこの人は、自分が相続したものは三の君と四の君にお譲りすると言ってるんだから。この地券、やはりお返しする。早く母上のところへ持っていってさしあげなさい」
大将の北の方(姫君)も言葉を添えます。
「亡き父上に代って、母上と三の君と四の君のお世話は、私がしてさしあげたいと存じます。遠慮なく何でもおっしゃってくださいませ。私を頼りにしていただけることが嬉しいのです」
道頼と北の方(姫君)は三条殿へ帰っていきます。
※この段の結末ですが、結局どちらが屋敷の地券を受け取ったのか、参考にさせていただいている二つの現代語訳では異なっています。継母と三の君と四の君が屋敷に住み続けることに変わりはありません。地券は大将の北の方(姫君)が手元に保管する、地券は継母へ返された、と解釈が分かれているのです。筆者は、第90話での道頼の言葉「やっぱりお返しする、なんて言われて、受け取って戻って来られても困るからね。私は何度でも同じことを言うよ」に沿って、後者を選択しました。
●現金な継母
大将の北の方(姫君)は、継母と異母姉妹に、三条殿からさまざまな物を送ります。薫物や唐渡りの高級紙といった趣味的なものは姉妹に宛てて、ピップエレキバンⓇの大箱やイボコロリⓇなどの実用的なものは継母に宛てて、毎日のように宅配便で送ります。
すると、しだいに継母もこんなふうに思うようになるのでした。
実の子とて親には薄情――越前守が言ってたことは真理なんだろうね。上の娘二人は夫の世話で手一杯だし、息子たちはあてにならない。三条殿のあの子が、私と三の君や四の君のために気遣いしてくれるのは、まあ……ありがたいことではあるよ。




