若いって、いいな
●あこぎ、帯刀と夫婦になる
さて、三の君の婿さんとなった蔵人の少将は、当然ながら、何人かの従者を従えて中納言邸へ通ってきます。
従者の一人として中納言邸に出入りするようになったのが帯刀です。快活な若者です。
帯刀は、あっというまにあこぎを口説き落としてしまいます。
「そこの女童さん、かわいいね。名前、教えて」
「教えないわよ、バーカ」
「あ、その顔、ますますかわいい」
「あんた、誰?」
「惟成」
「うそ……実名なんか簡単に教えちゃって……」
「こっちは本気なんだから。結婚、しよ」
「カップ麺じゃあるまいし。三分で求婚しないでよね」
「どうせ、きみは僕のものになるのさ~♪ 文を贈るよ。きっときっと、返事をしておくれよ。ね?」
帯刀はきれいな目をしています。
心に濁りがなさそうな人。掘り出し物かも。あこぎも、まんざらでもないのでした。
帯刀はまめまめしく文を贈ってきます。あこぎは自慢の達筆で返します。幾度かの文のやりとりの後――あこぎは求愛を受け入れるのでした。
当時の結婚は、男女が三夜連続で仲良くして、三日目の晩、男性が三日夜餅というお餅をごっくんと飲みこんでくれれば、成立です。公卿レベルの家庭では、事前に親が仕切りますから、そう単純なものではありませんが、基本はこんなところです。
新婚ほやほやのあこぎと帯刀は、連夜、あこぎの寝所(落窪の間のすぐそばの狭いスペース)で仲良くします。
「僕の愛しい人。なんとなく上の空だね。何を考えているの?」
「姫君のこと……。とてもおかわいらしくて、気立てもすばらしいお方なの。その姫君が、こちらの北の方さまからひどい扱いをお受けになっているの」
「ど、どうしたの? 涙目になってるよ?」
「何とかして、理想的な殿方に姫君を盗んでいただきたいものだわ」
盗む。女性側の親の承認なしに強引に結婚すること、です。
●右近少将道頼、姫君のことを聞き知る
帯刀は右近少将である道頼の乳母子でした。
道頼は独身です。
帯刀は道頼に、新妻から聞かされた姫君のことを話します。
「皇族の血筋の姫君? 辛いめにあっている? かわいそうだなぁ。気になる。すごく気になるよ。惟成、私をその姫君に逢わせてくれ」
逢う。女性の寝所へ入って、いたす、ことです。いたす、までの段取りをつけてくれ、と道頼は頼んでいるわけです。
この右近少将道頼はどんな若者なのでしょう?
実家は超名門の青年貴族で、怖いものなし。無邪気。無鉄砲。ちょっとばかり無責任。かなり軽薄。
「逢わせて、って言われましても……」
ああ、ウチの坊んぼん、すぐその気になっちゃうんだから。
「どうあっても、その姫君の部屋へ入りたいよ(平安人はダイレクト)。母屋から離れた、なんだか落ちくぼんだ部屋にいるんだろ? そこ、親の部屋から離れてるんだろ? 好都合じゃん」
う~ん、しょうがないなぁ。
帯刀はあこぎに話します。
「ウチの坊んぼんがソッコーでくいついちゃって。姫君に逢いたいとおっしゃってる」
「早すぎっ! このあいだはああ言ったけど、姫君の心の準備ってものがあるわよ。それに、右近少将の君って、遊び人という噂だし。遊び人じゃ困るのよ、そういう人じゃ」
う~ん、しょうがないなぁ。
帯刀は右近少将道頼の邸へとってかえし、これこれ、と説明します。
「こういう縁談てのは親が仕切るものでしょうに、中納言も北の方も動きそうにありませんよ」
「惟成、ねぼけたこと言うなよ。だからさぁ、そういう手続きすっとばして、とにかく姫君の部屋へ私を入れてくれ、っつってんの。正式な縁談とか、勘弁してくれよ。中納言ふぜいに婿入りなんてまっぴらだよ。世間体が悪いじゃないか(ウチ、超名門だからね、姉上は帝の女御だからね)。そんな気はなくて、ただ彼女に逢ってみたいだけ。かわいこちゃんだったら、ウチへ連れてきちゃう。――だけどさ、ブスだったらNGね。もうごちゃごちゃ言うな、この件は持ち出すな、で終わりにするから」
「マジ?」
「マジよ」
「ちょ、ちょっと……そこんところ、問題ですね。姫君に対するお気持ちの正確なところを確認させていただいた上で、仲介の労を取らせていただきたく存じます」
「気持ち、って。そりゃ彼女に逢ってみなけりゃ何とも言いようがないさ。とにかく、逢えるように段取りつけてくれよ。一夜限りにするつもりはないからさ。ないよ、たぶん」
「たぶん? 聞き捨てなりません」
「いや……絶対にない、と言おうと思ったんだけど。言い間違っちゃったな、ははは。実は、もう文も用意してあって――」
と道頼は帯刀に文を手渡すのでした。
気がすすまないなぁ、と思いつつも、帯刀は文を預かります。あこぎのもとへとんぼ返りです。
あこぎは警戒します。
「なんか強引過ぎる。北の方がいいお顔なさらないわ」
「こちらの北の方がいいお顔をなさること、あるの? ないでしょ?」
「そうだけど……」
てなぐあいに堂々巡りが続き、道頼の文が落窪姫の目に触れるところまですら、いかない状況なのでした。