姫君と鬼ババ継母
●姫君と鬼ババ継母
今は昔――
中納言には、北の方が産んだ三男四女のほかに、皇族の血を引く姫君が一人いました。
姫君は七歳くらいのころに、皇孫であるママンを喪い、そういうときには養い育ててくれるはずの母方の祖母もすでに亡いらしく、実父である中納言に引き取られます。待ち受けていたのは、継母による虐待でした。
皇族の血を引く姫君と継母。
継子いじめものの定番です。
中納言の北の方は胸のうちで叫びます。
ふんっ! 高貴な血がなんだっていうの!
あたしは正室よ。北の方よ!
夫が気まぐれに通った相手の女が何よ? 皇孫? 知るか、そんなもん!
というわけで、姫君を、邸宅の端っこの床がちょっと低くなっている部屋――落窪の間で寝起きさせるようになったのでした。
継母にとって継子虐めは快感のようです。
「あの娘のこと、君達とか御方なんて呼んでやるものか。でも、侍女ふうの呼び名をつけたら、さすがに夫の中納言も不快に思うかも。どうしたものかしらん? そうだわ。あの娘のこと、家の者たちには『落窪の君』と呼べ、と命じることにしよう。おちくぼ。ぴったりじゃないの」
ニヤリ、とほくそえむ鬼ババ継母なのでした。
落窪姫の唯一の味方は、ママン存命中から仕えてくれている女童の後見です。後のあこぎです。童といっても姫より年上で、18歳くらいでしょうか。
●何でもできちゃう姫君
さて。
継母の嗜虐趣味を煽っているものは、落窪姫のインペリアルな出自だけでなく、どうやら、ほかにもありそうです。
落窪姫はかわいらしいのです。
「あたしが産んだ四人の娘たちの誰よりもかわいく見えたりしない? しないわよ! そんなことあるもんですか! でも……」
継母はちょっと悔しい。いえ、かなり悔しい。
落窪姫はいろいろな才能に恵まれてもいます。
筝の琴(十三絃で琴柱のある、今日見るような琴)も、幼いころにちょこっと習っただけなのに、弾けちゃいます。
裁縫の腕前も、「BBCのソーイングビーのオーディションを受けるつもりなの!?」っていうレベルです。
落窪姫は継母に命じられて、十歳の異母弟(継母腹の三男、景政)に筝を教えます。景政、落窪姉ちゃんに懐いています。この伏線、あとで生きてきます。
ソーイングビーレベルの腕前に目をつけられた落窪姫は、大君(長女)と中君(次女)の婿さんの装束を縫わされることになります。
平安時代の婿取り婚では、嫁さんの実家側が婿さんの衣食、ときには衣食住、いっさいがっさいを面倒みるのです。ものすごく気を遣って世話をするのです。特に装束は、嫁さん側が支度するのが原則。
落窪姫は、一度引き受けてからというもの、異母姉妹の婿さんたちの装束を暇もなく縫わされることになります。今やもう寝る間もなくなってきました。
「昨日も今日も一睡もしていない。もう無理! でも、やるしかないのだわ……」
超絶スケジュールで頑張るけれど、ときどき納期に間に合いません。すると、鬼ババ継母の怒声が炸裂します。
「おまえったら、これくらいの仕事を嫌々するって、どういう根性してるのよっ!」