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なんちゃって落窪物語  作者: fukuneko
巻一
10/105

焼きおむすび

●帯刀の母親の心遣い


 あこぎは帯刀が待っている自室へ戻ります。その部屋は落窪の間からさほど離れていません。

「このお邸に居残っているのは、どんな人たちなの?」

 明日には道頼を手引きしようと考えている帯刀は、探りを入れます。

「幼い女童と水仕女みずしめが何人かいるだけよ」

「誰が御膳おもの(ご飯)やの支度をするの?」

「誰が……って、誰かがしてくれるわ」


 帯刀は胸を痛めます。

 思ったとおりだ。中納言一家が戻ってくるまで、この邸では食事らしい食事が用意されることはないのだ。水っぽい粥をすすっているだけなのだろう。

 

 帯刀は母親のところへ人を遣って、こんなこともあろうかと事前に頼んでおいたものを取ってこさせます。

 母親は袋を二つ用意してくれていました。一つにはお菓子がきれいに詰められています。京都銘菓「阿闍梨餅Ⓡ」、福島銘菓「ままどおるⓇ」、鎌倉銘菓「鳩サブレーⓇ」などなど。もう一つには、さまざまなフレーバーの「うまい棒Ⓡ」、そして紙の仕切りがしてあって、ラップで包んだ焼きおむすびが五つ。

 

 母親からの文が添えられています。

『ウチでは、みっともないくらいせわしない口つきで焼きおむすびを食べるのですから、よそさまでもどんなふうに食べるやら。あこぎさんがご覧になって、どうお思いになるでしょう。恥ずかしいことです。おむすびはあなたが食べずに、あこぎさんの女童に差し上げたらよいでしょう。確か、つゆさんといいましたね?』

 

 読みながら、帯刀は思わず微笑んでいました。母さんらしいな、と。

 母親もまた、中納言一家が留守のあいだ、あこぎやあこぎより下級の使用人たちが、碌なものも口にしていないのだろうと察して、何かちょっとした心遣いを示したいと思ったにちがいないのでした。


「まあ……! お菓子のほかに、焼きおむすびが。あなたがお願いしたの?」

 あこぎは、わずかに自尊心を傷つけられたのでしょうか、顔を曇らせます。

 帯刀は笑って、

「知らないよ。母が勝手におせっかいなことをしたんだ。つゆ? そこにいるんだろう? 焼きおむすびの入ってるこの袋、僕の奥さんが目障りだと言ってるから、どこかへ片づけちゃってよ」

「は~い」

 つゆが嬉々として袋の一つを持っていきます。



※この場面、本当に好きです。帯刀がつゆに「これはおまえにあげるよ。お食べ」と言うのではなく、袋を片づけろ(つゆ、これ取り隠してよ)、と言うところ。帯刀の気遣いの見せ方は粋ですね。

 原典では焼きおむすびではなく焼米やいごめとなっています。保存のきく非常食のようなもののようです。



●帯刀のお楽しみに邪魔が入る


「さあ、おいで」

 帯刀はあこぎを抱きすくめ、二人して倒れるように横になります。

 しとしと降っていた雨が、どうやら本降りになってきて。

 この雨じゃ、少将殿もお邸でじっとしておいでのはず。

 てことは、これから夜明けまで、こっちは完全に自由だ!

 帯刀はあこぎの髪を撫で、自分の狩衣の紐を解きにかかります。

 落窪の姫君が奏でる琴の音がグッドタイミングに流れてきて……


 と、そこへ、

「失礼いたします!」

 帯刀には聞き覚えのある若者の声。少将道頼の従者です。

「な、何? びっくりさせるなよ」

「申し上げたい儀がございます」

 道頼の従者を無視するわけにもいかず、帯刀はあわてて紐を結びなおします。

「僕のベイビー、ごめん。ちょっと待ってて」

 もの問いたげなあこぎを部屋に残して、簀子縁へ下ります。


「右近の少将の君がおいでです」

「ちっ。マジ?」

「マジであります。お車(牛車)でお待ちです」

 あのんぼん、予告なしに来ちゃったのかよ。勝手なことを……。ぶつくさ言いながら、車宿り(高級車を何台も置ける広いガレージ)へ駆けつけます。

 

 あこぎは、言われたままに「ちょっと待って」いたのですが、夫の帯刀は戻ってきません。

 わりと気が短いほうです、あこぎは。

「何なのよ、夜中にばたばたしちゃって」

 ちょっとへそをまげます。袴の紐をきりりと結び直し、姫君のごようすをうかがおうと、落窪の間へ入ります。


 一方、車宿りでは――

「どんなようすなんだ? 雨のなかをこうして来たんだ、無駄に帰すなよ」

 牛車の前簾を巻きあげさせ、少将道頼が言います。目が輝いています。


「前もってご連絡をいただきとうございました。いきなり、ってのは姫君にも印象がよくないか、と。私の橋渡しも難しくなります。このような、なさりようでは」

 やんわり抗議する帯刀でしたが、

「おまえ、柔軟性なさすぎ」

 道頼からデコピンをくらいます。

 帯刀は大袈裟にふくれっ面をしてみせて、

「とりあえず、姫君のお部屋のそばまで、ご案内します」

「よっしゃあ!」


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