夏祭りの屋台で買ったたこ焼きって何であんなに美味しいのだろうね
松村健人の目の前を浴衣姿の女の子たちが楽しそうに通り過ぎた。日の入り前の淡い光に照らされた彼女たちを見て、もう夏祭りの時期なのかと、周囲の変化に無関心な自分に呆れた。
健人は祭りに誘われるように神社の方向へ歩き出した。30代独身男性が帰宅してもやることなど無いのだ。屋台で夕食を済ませてしまおう。
最後に地元の夏祭りに来たのはいつだったか。あの時、健人の隣には仲の良い女性がいた。大学二年生で二人は知り合い、彼女の方から積極的に声を掛けてきた。健人も女性に好意を向けられてまんざらでもなく、一緒に何度も食事や遊びに出かけた。夏祭りに彼女と来たときは屋台で買ったたこ焼きを二人で食べた。添えられた二本の楊枝を一本ずつ分け合って、たこ焼きを口に運ぼうとすると顔の前でたこ焼きがクルクルと回ってしまい二人で笑った。
大学を卒業して就職すると仕事で毎日が忙しく、学生時代のように会うこともできなかった。しばらく連絡しなくても大丈夫だろう、彼女は俺のことが好きなのだから。小さな優越感が健人を支配していた。
だからだろうか、久し振りに連絡を取ろうとすると電話番号もメールアドレスも全て変わっていた。それから数年間、健人は彼女と連絡も取れていない。
健人は両手をズボンのポケットに突っ込み神社の境内に続く階段を昇っていく。上から綿菓子を持った子どもと母親らしき女性が降りてくるので、道を開けるために歩みを止めて右足を一歩引く。顔が二人に向き合う形になり会釈した女性と目が合った。
「――梢!」
「健人…」
「久しぶりだな。あの、その子は――」
「久しぶりだね。この子は……、そう私の子どもだよ」
あぁそうか、健人は一人納得した。俺と再会して複雑だよな。
「なぁ、よければ今度二人で食事でもしないか?昔の話でもしよう」
彼女は感激のあまりしばし言葉を失ったが、慈悲深い笑顔を見せて健人の申し出に応じて――
「冗談でしょ?もう無理だよ」
甘く温かいソースの香りが健人の嗅覚を刺激する。屋台の間を歩き、たこ焼き一人前を購入したことまでは覚えている。
楊枝二本で刺したたこ焼きは安定しながら口に運ばれた。曖昧にしてクルクルと逃げずに二人で二本の楊枝を使えばよかったのだ。
口が火傷するのも構わずにたこ焼きを放り込む。たこ焼きの熱さで目に涙がにじんでいく。己の傲慢さも決断力の無さも弱さも飲み込みたい。
最後のひとつを食べ終えて健人はようやく歩き始めた。
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年末に寒い寒いと言いながら夏のことを考えるというのは面白い経験でした。