第3話 好きな人
屋敷に戻ると、案の定というか、使用人たちが大騒ぎしてしまった。
ハンナなんかは真っ青になって卒倒しそうだった。すぐさま医師が駆けつけて、怪我の具合を確認してくれた。
「うん、手当ては完璧ですね。これなら1週間もすれば傷も目立たなくなるでしょう」
だからといってまさか1週間の外出禁止を言い渡されるとは思わなかったが、みんなから「自業自得です!」と叱られてしまっては仕方がない。心配かけたのは反省してるので反論しないでおいた。
謹慎中、アルのことばかり考えていた。
心配してるよね。また泣いてないかな。
早く会いたいな。
おじいさんにも何かお礼しなくちゃ。
そうだ、クッキーでも焼こうかな。
どんなのが好きかな?
アルはああ見えて甘いものが好きだからいっぱい作ろう。
「アル〜!」
謹慎が解け、いつもの待ち合わせ場所に行くとアルがいた。アルは私の姿を見つけるとすぐに飛びついてきて、思いっきり抱きしめられた。
「ヴィー会いたかった。もう来てきれないかと思った」
「そんなわけないでしょ。私も会いたかった」
アルのサラサラの金色の髪を撫でた。
仔犬のようでなんだか凄く可愛く感じてしまった。よしよし。
「怪我は? もう痛くない?」
「もう全然。ほら」
左足でターンして見せた。アルがものすごくホッとした顔をしたので私も笑った。
本当はよく見ると薄ーく傷跡が残っているんだけどね。告げる気はないけど。
「そうだ。アルにお土産! たくさん焼いたからおじいさんにも分けてあげて」
「凄い……! ヴィーが作ったの?」
バスケットいっぱいのクッキーを渡すと、アルは目をキラキラ輝かせた。
「食べてもいい?」
「もちろん」
意外にも、アルはジンジャークッキーが気に入ったみたい。
「アルってさぁ、食べる仕草が凄く綺麗だよね」
「そう、かな」
「そうだよ! 見てて気持ちいいもん」
「……あまり見なくていいよ」
照れてそっぽ向くアルが可愛くて笑えた。
私たちは草むらの中で寝転がった。
そよそよと心地良い風が吹く。
アルが手を握ってきたので、私も手に力を込める。
それから、私は話して聞かせた。
家の人から、1週間の外出を禁止されていたこと。
その間、たくさんの本を読んだこと。
アルにマフラーを渡したくて編み物を始めたこと。冬が始まる前には仕上げたいって思ってる。
そして、アルのことをたくさんたくさん考えてたこと。
「アルは? なにしてたの?」
「俺もずっとヴィーのこと考えてたよ」
アルの熱のこもった眼差し。
「ヴィーがいなきゃ何をしててもつまらない。ヴィーと一緒だとやりたいことたくさんあるけど、ひとりだと何もやる気が起きない。ヴィーがそばに居てくれる時だけ、俺は生きてるって思えるんだ」
繋いだ手を引き寄せ、私の手の甲に軽く唇を当てた。ドキンと心臓が跳ねる。
「俺、ヴィーが好きだ」
アルがじっと見つめてくる。その碧眼に吸い込まれてしまいそうなくらい、真摯な眼差し。
「私もアルが好きだよ。大好き。ずっと一緒にいようね」
「ああ!」
息もできないくらい強く抱きしめられ、胸がじんわりと熱くなった。心が満たされるってこういう事なんだね。
「俺、一生ヴィーを大切にする。一生手放さないからな」
「本当? だったら私をお嫁さんにしてくれる?」
「当たり前だよ。大きくなったら結婚しよう!」
「うん」
それは子供同士の些細な約束だったかもしれない。でも私たちは真剣だった。ふたりの未来を本気で想った。私は泣きたくなるくらい、幸せだった。
アルが私の頬を包むので。
そっと目を閉じると、優しいキスが降りてきた。
こうして、私たちは恋人同士になった。