第17話 アルの想い③(アル視点)
ユーイン王国議会を終え、アルベルトは自分の執務室に戻った。
「どうでした?」
「…………」
クリスの問いかけに答えず、アルベルトは無言でソファにドサリと腰を下ろした。
その様子に、クリスは思い通りにいかなかったのだと悟った。
テーブルに置かれた菓子を口に含む。ほのかな甘味が口に広がり、ささくれたアルベルトの心がわずかに弛緩した。
ルドルフォが最近よく持参する菓子は、何処か懐かしく優しい味がして、アルベルトは好んで口にしていた。
ソファの背にもたれ掛かり、天を仰ぐ。
「これで何度目だ」
「4度目、ですかね」
「元老院の狸どもは頭が固すぎる」
「殿下のなさろうとされていることは、時間も資金も膨大にかかりますからね。重鎮も慎重にならざるを得ないのでしょう」
「あいつらはこの計画の重要性を全く理解していない。目先の利益にばかり囚われて、将来的にこれがどれほど国の発展に繋がるのか聞き分けようともしない」
元老院で何度も訴えている『水源管理計画』がなかなか可決されないもどかしさに、アルベルトは苛立ちを隠せなかった。
この議案が承認された時こそ、ヴィアンカに堂々と会いに行けると、アルベルトは考えていた。こんな計画ひとつまともに通せないようでは彼女を迎え入れる資格などない。
「攻め方を変えてみるか」
そう呟いて、クリスに顔を向けた。
「セブール地区の疫病の件はどうなってる」
「その件でしたらルドルフォ殿が取り纏めていましたが」
「あいつは」
「今日はまだ姿を見せていませんね」
「ったく、あいつは何やってんだ」
頭をガリガリと掻きむしってイライラとした気分のまま、自分の机に向かおうと立ち上がった時、ちょうどルドルフォが執務室に入ってきた。咄嗟に睨みつけると、「うおっ」と言って飛び退いた。
「なになに、なんか怒ってんの」
こいつは相変わらずマイペースだ。
「セブールの案件はまだか」
「へいへい。それなら終わってますよー」
呑気にそう言いながら、書類を手渡してきた。ルドルフォは飄々としているが仕事は早い。
渡された書類を確認していると、ルドルフォが肩に腕を回してきた。
「お前、少し焦りすぎなんじゃないか。もっと冷静になれ」
「俺はいつも冷静だ」
「そうは見えないけどなぁ」
そう言って、アルベルトの前に包みを置いた。いい匂いが漂ってくる。
「今日のは『マカロン』っていうお菓子なんだって。サクサクふにゃふにゃした食感でなかなか美味かったよ。これでも食って落ち着け」
甘い匂いに誘われ、ひとつ手に取る。サクッとした軽い味わいが口に広がった。
「美味いな」
「だろ? 毎回ヴィアンカの目を盗んで持ってくるの大変なんだぞ。最近警戒されちまってなかなか作ってくれないんだから」
「…………なんだって?」
思わずルドルフォを凝視する。
「お前がいつも持ってくる菓子はもしかして……」
「そうだよ。ヴィアンカの手作り。言わなかったっけ」
「聞いてない……」
「ホント、俺って親友思いのいい奴だね」
ルドルフォはケラケラと笑った。