第16話 アルの想い②(アル視点)
アルベルトには側近がもう1人いる。
ミラード伯爵家の二男、クリス=ミラードだ。
彼とは幼い頃からの付き合いで、自分とは同じ歳である。柔らかい物腰だが、強い眼差しが印象的な優男で、常に付き従い、何かと支えてくれる。アルベルトに心酔しているようで、それが時折心苦しくなる。
「本当に俺に付くべきなのか、お前もよく考えた方がいい」
「どういう意味ですか」
「俺は何があってもヴィアンカのことを優先するぞ」
「それが貴方のご意志でしたら、私はそれに従うまでです」
ハッと、アルベルトは薄笑いを浮かべた。
「お前も大概だな」
◇
「そういや、ヴィアンカが社交界デビューしたんだけどさぁ」
ある日の昼下がり、執務室で大量の書類と格闘している最中、ルドルフォがとんでもないことを言い出した。
「…………なんだって?」
咄嗟に立ち上がり、勢いよく倒れた椅子に脛を盛大にぶつけた。これで2度目だ。くそっ。
「ヴィアンカは王都入りしてるのか! 聞いてないぞ!」
「聞かれてねぇもん」
こ、こいつ……チビチビ言ってた俺に身長を抜かれたこと、いまだに根に持ってるに違いない……
「いつだ」
「半年くらい前かなぁ」
「そんなに前か……」
アルベルトは頭を抱えた。
道理で最近、領地に行った報告がないわけだ。ルドルフォを睨みつけるが、本人はどこ吹く風で知らんぷりをしている。憎たらしい奴。
「ちょっと前に、宮廷舞踏会あったろ。いやぁ、あの時のヴィアンカは本当に美しかったね。いつもだって可愛いけど、ああして着飾るとまさに女神様だよ」
「…………」
「同じくデビュタントの令嬢も何人かいたけど、ヴィアンカは別格だったね。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。今に縁談が殺到するだろうなぁ」
「…………」
「緊張で震えちゃっててさぁ。俺の腕に必死でしがみついてんの。ホント可愛い、私の天使。あ、ヴィアンカのファーストダンスは俺がいただいたぞ。ははっ」
「……チッ」
「そうそう。王太子殿下がいないってしょんぼりしてたぞ。お前のこといろいろ聞かれたんで褒めちぎっておいたからな。俺ってホント親友思いのいい奴だね」
「何が親友だよ……」
「陛下から賜ったお言葉、何だと思う? 『長い付き合いになるからよろしく』だって。ヴィアンカは何のことだかピンと来てないみたいだったけどさ」
「…………」
「お前さぁ、いつまでも意地張ってないでそろそろ何とかしたら? 周りはみんなヤキモキしてんだよ。わかってんだろ」
「わかってるよ」
「昨日、親父に縁談の話を持ち掛けられて、泣いて嫌がってたよ。相手が誰なのか想像もしていないんだろうな。可哀想で見てられないよ。なあ」
「……わかってる」
アルベルトが立太子する際、多くの婚約者候補を宛てがわれそうになった。それを全て拒否し、自分はパステルダール家のヴィアンカ嬢としか婚約しないと宣言している。パステルダール侯爵にも話は通してある、とも。
陛下はパステルダール家ならばと快諾してくれた。ヴィアンカが婚約者に内定してるのは周知の事実なのだ。
後はアルベルトの気持ちひとつとなっているのだが……それがなかなか上手くいかない。
意地を張っている訳ではない。出来ることならすぐにでも迎えに行って求婚したい。抱きしめて口づけて、愛を囁きたい。今、会ってしまったらタガが外れてめちゃくちゃにしてしまいそうなほど、ヴィアンカを求めてやまない。好きだ、愛してると、何度呟いたことか……
アルベルトは溜息をひとつ吐き出すと、立ち上がった。
「鍛練場に行ってくる」
今はただ、剣を振って頭を空にしたかった。
部屋を出る時、ルドルフォが言った。
「なんかいろいろ言って悪かったな。アルベルトの事情は俺が一番理解してるつもりだったのに」
「いや、お前は正しいよ。俺が不甲斐ないだけだ」
アルベルトは執務室を後にした。