第14話 アルとの再会
デビュタントが無事済み、私はグレース夫人に引っ張り出され、いくつかの夜会に参加させられていた。グレース夫人に紹介されて、何人のもの男性と挨拶を交わし、誘われてダンスを踊った。
ヘトヘトになって帰宅すると、反省会と言う名の品定め会?だ。やれ、あそこの伯爵は女癖が悪いだの、あそこの侯爵は派手好きで資金繰りが怪しいだの、あそこは長男じゃないから縁談に向かないだの、まぁ出てくるわ出てくるわ。グレース夫人の口は止まらない。
私はややウンザリとしながら聞いていた。
そんな私の様子を目を細めながら見守るお父様。
「そんなに気乗りしないなら、無理に夜会に参加しなくともいいんじゃないかな」
「出ましたよ、侯爵の日和見主義。駄目ですよ。ヴィアンカ様には早めに婚約者を見つけてあげないと。この子は跳ねっ返りなんだから」
酷い言われようだ。
「まあまあ」
お父様は笑っている。
「グレース夫人には本当に感謝しているんですよ。貴女のおかげで、ヴィアンカはこんなに立派なレディに成長した。跳ねっ返りは変わらないけどね。このままなら今に縁談がたくさん舞い込むだろうね。ホント良い子に育ってくれた。それとね」
お父様が今度は私に向き合って言った。
「ヴィアンカの縁談に関しては私も考えてない訳ではないんだよ。先方も乗り気でね。近いうち婚約を申し込まれる手筈になってる」
「あら、本当ですか。侯爵のお眼鏡に敵うなんてどんなお方ですの?」
「正式に決まったらお話ししますよ。大丈夫。悪いようにはしないから」
私は頭が真っ白になった。
「い、嫌です! そんな話、聞いていません!!」
「ヴィアンカ様、家長に逆らってはいけませんよ」
「でも……」
これは大変だ。
貴族の家に生まれたならば、政略結婚は避けては通れない道だ。それはわかっている。わかっているんだけど……
アル、アル、助けて。いつになったら迎えに来てくれるの。
◇
その日は天気がいいので、お買い物に行こうとハンナを誘った。この前の縁談の話以降、毎日悶々としていたので何か気晴らしがしたかった。三番街に行こうと、町娘の格好で出かけた。
「おばさん、こんにちは」
「あらお嬢ちゃん、また来てくれたの。嬉しいわぁ」
よく来る青果店に顔を出す。
「今日は何がおすすめ?」
「これなんかどう? 今朝入荷したばっかりだよ」
「あ! 無花果?」
「そう。よく知ってるね」
「田舎でよく食べてたから」
無花果を手に取って匂いを嗅いだ。完熟した甘い香りがした。
懐かしいな……アルと遊んでて木から落ちた日のことを思い出した。あの木も無花果だったっけ。
「じゃあ、この無花果10個ちょうだい。あとねぇ……」
「このりんごなんかどうだい? ちょっと傷が付いてるから、安くしとくよ」
「じゃありんごも10個」
「まいど。いつもありがとね。これはおまけだよ」
青果店のおばさんに別れを告げ、歩き出す。ハンナにはりんごの袋を持ってもらい、私は無花果の袋を抱き締めた。
「これ、どうするんですか?」
「う〜ん、無花果は私はそのまま食べるのが好きだけど、りんごはジャムにしてもいいし、アップルパイも美味しいし、身を搾ってりんごジュースにしてもいいよね。ハンナは何がいい?」
「ヴィアンカ様のアップルパイが食べたいです!」
「あはは、わかった〜」
呑気に会話していると、不意に袋を奪われた。ハッとして顔を上げると、目の前にお兄様がいた。
「こんなに買って、お前、店でも開く気か?」
「な、お兄様!? 奇遇ですね」
そのまま腕を掴まれ、歩き出された。
「こっち来て」
「何ですか? ちょっと!」
「いいから黙ってついて来いって」
「何なの? ねぇ痛いって」
強引にぐいぐいと腕を引かれ、何処かへ連れていかれる。腹が立つな。何なんだ、一体。説明くらいしろ。
「ほら」
急に立ち止まり、背中をトンと押された。
「何?」と思っていると、目線の先には。
……………………え?
「…………ア…ル?」
そう、目の前にアルがいた。
一目でわかった。あの頃よりだいぶ大人びているけど、ここにいるのはアルだ。金髪碧眼の美しい顔立ちは少年ぽさを残しつつ、精悍な顔つきになっている。私と変わらなかった背丈もスラリと伸び、その見目麗しい姿に、私は目を離せなかった。
懐かしさと切なさと、溢れんばかりの愛しさに、胸が締め付けられる。
「ヴィー、久しぶりだね」
若干気まずそうに、そして照れたように、言った。
アルが、アルが、アルが、私の名前を呼んだ。
「嘘……」
思わず口元を手で覆った。私はもう涙を堪えきれなかった。ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「な、泣かないで」
慌てて頭を胸元に押し付けられ、背中をポンポンとされる。私はそのままアルの胸の中で子供みたいに泣きじゃくった。
◇
私たちは今、公園のベンチに座っている。辺りにはひと気がなく、ひっそりとしていた。
時折、ヒヨドリの「ピーヨ、ピーヨ」という鳴き声がする。
「ヴィー、綺麗になったね」
優しく微笑みながら、アルは言った。私は思わず顔が赤くなって、俯く。こういうことさらっと言うとこ、変わってないね。
「俺のことは聞いてる?」
思わずアルを見る。アルもこっちを見ている。視線が交差する。アルは、瞳の中の感情を読み取るかのようにジッと見つめてくる。
私が頷くと、
「そっかぁ」
アルは両手で顔を覆い、
「黙っててごめんね」
と言った。私は小さく首を横に振った。
若干の沈黙の後、アルが呟いた。
「本当は今日、君に会う気はなかったんだ。それをルドルフォの奴が勝手に……」
……え?
私は頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
「アルは私にはもう会いたくなかったってこと?」
これこそ、私が最も恐れていたこと。会いたくなかったと過去をなかったことにされるのが、私は一番怖かった。
涙が、また溢れて止まらなかった。
私はアルに会いたかった。会いたくて会いたくて愛しくて仕方がなかった。でも、アルは……違うの?
突然泣き出した私にギョッとして慌てて抱き締めてくる。
「ち、違う。ごめん。言葉が足りなかった」
私の背中を優しくさすりながら、
「駄目だなぁ、俺は。君を泣かせてばかりいる」
情けなさそうな声を出し、アルは私の肩口に顔を埋めた。
「俺はヴィーが好きだよ。俺の気持ちはあの頃からちっとも変わっていない。俺には君だけだ。毎日君のことを考えてばかりいる。本当だよ」
何か言いたいのに、胸がいっぱいで、言葉が出てこない。代わりにアルに精一杯抱き付いて、背中をギュッと握り締めた。
「君を万全の状態で迎えに行きたいんだ。それにはもう少し時間がかかる。あとひと月だけ、待っててくれないか。そうしたら必ず君を迎えに行く」
「……本当に?」
「ああ、約束する」
そう言ってから、アルが強引にキスをしてきた。ビックリしたが、私はアルの首に腕を回して、キスを受け入れた。長い口づけの後、アルが耳元で囁いた。
「本当は俺だって待ちきれないんだ」
次回からアル視点に移ります。
時系列的には少し遡ります。
数話続く予定。