第11話 転機
ランシード先生が発つ日。
私は寂しくて寂しくて仕方なかったが、泣かないと決めていた。
先生の夢が叶うめでたい日だもんね。笑顔で送り出さなくちゃ。
「ヴィアンカ嬢、僕は反省しているんです」
「え? 何をですか?」
「僕は余計な事を言ってしまったのではありませんか?」
「……アルの事、ですか?」
「そうです。僕があんな事を教えなければ、貴女はこんなにも悩まなかった」
私は大きく首を振った。
「全然。逆に知れて良かったです。お陰でこれからの身の振り方を考えることが出来ますし」
先生にニコリと笑顔を向けた。
「情報は武器、でしょう?」
◇
転機が訪れたのは、グレース夫人のひと言だった。
「そろそろ社交界デビューの準備をしなければいけませんね」
ダンスレッスンがひと段落し、応接室で休憩をしていたところだった。
「はぁ」
「あら、気のない返事。貴女ももうすぐ14歳でしょう。むしろ遅い方ですよ」
社交界デビューかぁ……気が重いな。
「デビュタントしたら、縁談をまとめないと。私が責任を持ってより良い条件の殿方を探して差し上げますからね」
私は思いっきりむせ込んでしまった。
「ま、待ってください。縁談なんて、私……」
「何を言っているの。貴女くらいの年齢なら婚約者がいて当然ですよ」
「そのあたりは全てお父様にお任せしていますので……」
「何を呑気なことを。侯爵はいつまでも日和見主義なんだから。これだから男親には任せておけないのよ。いい? 淑女にとって一番の幸せは、条件のいい殿方と婚姻を結ぶことです。貴女も侯爵家の人間ならそのくらい自覚しないと」
「おやおや、私の話かな?」
唐突に、お父様が姿を現した。
「あら、侯爵。いらしてましたの」
「たった今到着したところですよ。グレース夫人、ごきげんいかがかな」
「おかげさまで。充実した毎日を送らせて頂いてますわ」
グレース夫人が優雅に微笑む。
「私の小さなお姫様も元気そうでなにより。どれ、よく顔を見せて」
お父様は私の頬を両手で包んだ。
「お父様、お久しぶりです」
「しばらく見ないうちに立派なレディになったね。うん、お前の母様にそっくりだ」
「今、ヴィアンカ様ともお話ししてたのですが、そろそろ社交界デビューに向けての段取りを進めないといけませんよ」
「ヴィアンカももうそんな歳か。早いもんだね」
「ちょうど半年後に宮廷舞踏会がありますでしょう。その日はどうかしら」
「うん。いいんじゃないかな」
「その日は私も付き添いますからね。大船に乗ったつもりでいてくださいな」
「はは、これは頼もしい」
お父様とグレース夫人はどんどんと話を進めていく。ふたりの会話を私は半ば他人事のように聞いていた。
こうなるともう誰にも逆らえない。
気持ちが沈んで、溜息が漏れた。