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第10話 アルの正体

 ランシード先生が今月中には王都に発つと言うので、残った時間は授業と、たくさんのおしゃべりに費やした。


「ホントに貴女は頭の回転が速い。特に算術なんかは僕など足元にも及ばないかもしれない」

「いやぁ、そんなことは……あはは」


 前世では一応大学まで出てますからね、なんて言えず、曖昧に笑う。


「貴女もいずれ王都に行くことになるでしょうね。王都は非常に刺激的な場所です。学ぶ機会も多い。あちらで再会するのを楽しみにしてますね」


 王都。しばらく足を踏み入れてない。自分には用のない場所だと、関係ない場所だと、思っていた。思い込もうとしていた。


「浮かない顔をしていますね」


 先生が私の顔を覗き込んでいた。


「王都は……少し、怖い、です」


 私の言葉に、先生は目を瞬かせた。


「おや、好奇心旺盛な貴女が、珍しい」

「…………」

「何が怖いのですか」

「上手く言えませんが……王都に行くと運命が変わりそうで。私はパステルダールが好きです。出来ればこの地で一生を過ごしたい」

「そうは言っても、貴女は侯爵令嬢です。それは難しいのではないかなぁ」


 先生が、俯く私の頭を優しく撫でた。


「大丈夫ですよ。僕が付いてます。貴女の家族もみんな力になってくれます。貴女はひとりじゃない」

「はい、ありがとうございます」


「しかし、運命が変わるとは言い得て妙ですね」

「…………?」

「以前話してくれたアルという少年。彼も王都にいるんでしょう?」


 先生の口からアルの名前が出たことにビックリした。


「たしかに彼なら運命を変えるという表現に相応しい相手なのかもしれませんね」

「あ、あの、あの、先生。アルをご存知なのですか?」


「だって、その彼とはアルベルト王太子殿下のことでしょう?」

「……………………は?」





 その日の夜、私はベッドに横たわって、ランシード先生の言葉を思い返していた。


『王宮に勤める友人に聞いた事があるのです。今から4年ほど前、当時まだ第二王子だったアルベルト殿下が療養の為、何処かの領地に身を隠したそうです』

『療養って……アルはいつも元気いっぱいでしたよ』

『それは僕にもわかりません。病気なのか怪我なのか、はたまた精神的なものなのか……いずれにせよ1年ほど姿をくらませた後、王都に戻った彼は見違えるほど成長し、勢力的に公務に携わるようになったそうです』


『この頃からジークフリート殿下の派閥とアルベルト殿下の派閥の対立が本格化しだしたそうですよ。実直に公務にあたるアルベルト殿下は着実に実績を上げていった。次第に彼を王太子にと推す声が大きくなってきました。その時のアルベルト殿下派の筆頭はパステルダール侯爵、そう、貴女の父上です』

『ええ? お父様? 本当に?』

『知りませんでしたか? アルベルト殿下と侯爵は旧知の間柄だそうですよ。おそらく療養先にパステルダール領が選ばれたのもそういった関係でしょう』

『…………』


『どちらが王太子に相応しいかなんて、火を見るより明らかだった。ジークフリート殿下は焦ったんでしょうね。アルベルト殿下は目の上のたんこぶでしかなかった。そうしてアルベルト殿下の派閥が勢いを増してきた頃、トドメとなる出来事が起きました。ジークフリート殿下がとある事件を引き起こしたそうです』

『事件?』

『それが何なのか、明らかにされていませんが、陛下はその事態を重く見て、ジークフリート殿下の廃嫡と王太子継承の交代劇が行われました』


『アルベルト殿下は立太子の戴冠式典以来、夜会などの公の場に全く姿を現さないようですね。意図的に人目を避けているわけではないようですが、そのお姿は金髪碧眼のとても美しい少年とのことで……どうです、心当たりありますか?』




 天井を仰ぎながら、腕で顔を覆う。


 いまだに信じきれない。アルが王太子様? そんな馬鹿な。だって彼は薬師のおじいさんの孫で、あの小さな家に住んでて。それから、それから……


 今になって気がつく。

 ああ、どうしよう。

 私……私、アルのこと何も知らない。

 あんなに毎日一緒に居たのに、どうして何も疑問に思わなかったんだろう。


 違和感はたしかにあったのだ。

 田舎にそぐわない風貌。

 何処となく上品な風格。

 子供たちの遊びも何も知らなかった。

 物の買い方も知らなくて、最初は食べ歩きなんかもぎこちなかった。


 そうだ。ジークフリート殿下を知ってるような物言いもしていたっけ。


 別れの日からしばらくして、どうしてもアルの行方を知りたくて、おじいさんに会いに行った。でも家の中はガランとしていて、おじいさんは何処に見当たらなかった。アルと一緒に王都に行っちゃったのかな……と、微かに残る薬草の匂いに悲しくなったものだった。


 あの頃はアルが何処の誰かだなんてどうでも良かった。

 私の知っているアルは、ヤキモチ妬きで照れ屋で素直で甘えん坊で、凄く優しくてでも時々強引で。あの深い海みたいな澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめられながら、ヴィーが好きだよって甘く囁く声にいつもドキドキして。それが全てだった。


 アルがくれたペンダントを目の前にぶら下げ、眺める。


 王都に戻るべきなのだろうか。

 王都に行けば何か変わるんだろうか。


 アルに会いたい。でも少し怖い。


 怖い? そうだ。私は怖いのだ。真実を突きつけられるのが怖い。彼に会って、迷惑がられるのではないか。お前は誰だと、全て忘れたと、冷たく突き放されたら……私は、どうしたらいいの。


 そもそも、私は王家に関わらない為に領地に引きこもっていたのではないか。それが何故こんなことに。


「アル……なんで王太子様なの……」

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