第9話 ランシード先生の言葉
※誤字報告ありがとうございました!
「たまには気分転換しましょうか」
ランシード先生に誘われて、パステルの街を散策する。
今ではすっかり外出も苦ではなくなり、たまにハンナと一緒に買い物に来たりする。
「ここ! ここの串焼きが美味しいんですよ」
屋台の串焼きを2本買い、頬張る。ピリ辛のタレが肉にマッチして最高に美味しい。食べ歩きしていると、ふいに先生が笑った。
「なんですか?」
「いや……侯爵令嬢が食べ歩きとは、君はあいかわらずですね」
「むむ。グレース夫人には内緒ですよ」
先生は可笑しそうに目を細める。
「先生も熱いうちに食べて食べて」
「はいはい」
その後、いくつかの露店を眺めたり、先生が建物の建築様式について蘊蓄を披露したりしながらぶらぶらしてると、ある店の中から出てきた人物に声をかけられた。キースだ。
「よお、久しぶり。デートか?」
「バカじゃないの」
キースは重たそうに抱えた木箱を地面に置くと汗を拭いながら言った。
「 アルから連絡は?」
私は左右に首を振った。
「そっか」
思わず俯いてしまう私を見て、キースは苦笑いした。
「あいつも薄情なヤツだよなぁ。突然いなくなって連絡ひとつ寄越さないなんてな」
「…………」
「お前もあんま落ち込むなよ。いざとなったら王都に文句言いに行ってやればいい」
「あは。そうだね」
キースは私の頭に一度手のひらを乗せて、工房へ戻っていった。
「先生、待たせてごめんなさい」
「いえ」
先生がわずかに眉を寄せて聞いてきた。
「少し会話が聞こえてきてしまいまして……あの、アルというのは?」
「え? ああ、昔一緒に遊んだ幼馴染の男の子がいたんです。3年前に王都に行ったきり音沙汰がなくて」
「そうなんですか……」
先生は顎に手を遣り何かを考える込んでいるみたいだった。
「3年前……王都……パステルダール……アル? もしかして…………」
なにやらぶつぶつ呟く先生に問いかける。
「どうかしましたか?」
先生はハッと顔を上げた。
「いえ、なんでもありません。行きましょうか」
屋敷に戻るまでの道すがら、草むらにシロツメクサを見つけて、思わず駆け寄った。
「先生! 四つ葉のクローバー見つけましたよ!」
ふたりで草むらにしゃがみ込む。
「知ってますか。四つ葉のクローバーは幸運をもたらしてくれるって言われているんですよ」
「ほぅ。はじめて聞きました」
先生は目を瞬かせて、クローバーをジッと見ていた。結局、アルにはクローバー渡せなかったな、なんてぼんやり考えていたら、先生が私を振り向いて言った。
「少しお話ししていきませんか」
「はい」
先生が草むらに座ったので、私も隣に腰を下ろす。
「今日はありがとうございました」
「いえ、私も楽しかったです!」
そよそよと風が吹き抜ける。
「貴女に言っておきたいことがあるんです」
「はい」
「実は、教員の採用が決まりまして」
「え!? 本当ですか。おめでとうございます!」
「喜んでくれますか」
「もちろんですよ。夢が叶いましたね」
先生は遠くを見つめていた。
「貴女との授業も、もうすぐ終わりです」
「…………あ」
そうか。当然そうなるよね。
「寂しく、なります、ね」
途切れ途切れに答える。胸がキュッとして思わず立て膝に顔を埋める。
「正直言うとね、はじめに貴女の家庭教師の話を頂いた時、少し迷いましてね。高慢ちきな鼻持ちならない侯爵令嬢のお世話なんてごめんだと」
先生が私の頭を優しく撫でた。
「でも実際の貴女は全然違った。先生先生と慕ってくれて、ニコニコといつも笑顔で。末端貴族の僕にも、分け隔てなく接してくれて、全然令嬢らしくなくて。真面目に勉強に取り組む姿はとても好感が持てた。可愛くて可愛くて今では非常に離れ難い」
弾けるように顔を上げた。先生の笑顔が凄く寂しそうで。
「貴女はとても聡明な女性です。僕の方が教えられることもたくさんあった。貴女は僕の最高の生徒でした」
「先生……」
「何にでも熱心に取り組んでいた。意欲的に学ぶその姿勢には目を見張るものがある。知識は宝です。情報は武器です。この世の全てが学びの場です。これからも知識を取り入れていきなさい、貪欲に」
「はい」
「ヴィアンカ嬢、僕は貴女がとても好きですよ。貴女にはこれから様々な困難が立ちはだかってくるでしょう。僕だけは何があろうと貴女の味方です。そのことを忘れないで」
「はい、ありがとうございます」
私は涙が溢れて止まらなかった。先生の優しい言葉に胸が熱くなった。
「私も先生の授業、大好きでした。いつも寄り添って教えてくれて、楽しかった。先生から教わったこと、大切にします。私にとっても先生は最高の先生です。これから頑張ってください」
「ありがとう」
先生は眼鏡を外し、目頭を押さえた。