第0話 プロローグ
私が悪役令嬢だと思い出したのは、6歳の時だった。
パステルダール侯爵家の末娘として生まれ、何不自由なく甘やかされて自由奔放に育てられた。早くに母親を亡くしたこともあり、我が儘を言って困らせても、周りのみんなは優しく見守っていてくれた。その為、私はかなりのお転婆だったことと思う。
前世の記憶を思い出したあの日、お父様に連れてこられたパステルダール領の屋敷ではしゃぎすぎた私は階段から足を踏み外して気を失った。
目が覚めた時には、前世の私が平凡な日本人の女性で、自分が『乙女ゲーム』の中に悪役令嬢として転生してしまった事実に愕然とした。
悪役令嬢『ヴィアンカ=パステルダール』
ユーイン王国第一王子ジークフリート王太子殿下の婚約者であり、そのことに矜持を持っていた。
外見は素晴らしく、白銀の髪は長くサラサラと美しく靡き、深紫色の瞳はアメジストのよう輝いている。透明感のある白い肌に、すっと通った鼻筋、艶やかな唇。見る者を魅了するその姿は女神のような絶世の美女である。
一方、5歳年上のジークフリート王太子殿下はそんな婚約者に対して、一歩引いた態度で接していた。不仲、というよりは、単に興味がなかったのだと思う。
何故なら彼には思いを寄せる初恋の少女がいたから。
幼い頃、隣国のとある商会がこの国へ商談に訪れた際に一緒についてきた少女に一目惚れをしたらしい。
その少女がいわゆるヒロインである。
一旦離れ離れになるが、どうしても彼女を忘れることをできなかったジークフリートは、隣国に留学し愛を育む。永遠の愛を誓い合い、ヒロインを自国に連れて帰るのだが、それを阻むのが、ここでようやく登場する婚約者のヴィアンカ。婚約破棄して欲しいと告げられ、仲睦まじいふたりの姿を見せつけられたヴィアンカはプライドを傷つけられ激怒し、ヒロインに短剣で襲いかかり失敗。返り討ちにあい、ジークフリートに串刺しにされる。
「ジークフリート様……一体わたくしの何がいけなかったのですか……」
最期にそう呟いて、事切れるヴィアンカだった。
身を徹してヒロインを守ったジークフリートは英雄扱い。身分差を乗り越えて愛を貫く姿に国中が祝福。障害のなくなったふたりは結婚し末永く幸せに暮らすのでした。
めでたしめでたし。
……………………は? なんだそれ。
悪役令嬢の扱い、雑じゃね?
何もしてないのに婚約破棄とかなんなの。ヴィアンカが可哀想すぎませんか。
婚約者がいるのに浮気するジークフリートは最低野郎だし。隣国だからバレないとでも思ったのか? アホか。
なんでこんなやつの為に身を滅ぼさなきゃならないのか。
私は考えた。ジークフリートの婚約者にならないのが大前提だから、王家に関わらない方がいい。
現時点ではまだ婚約者ではないが、私はこれでも一応、侯爵家の令嬢だ。可能性は十分ある。
ならば。
そうだ、領地に引きこもろう。
領地で自由に生きるのだ。
私に甘い甘いお父様だ。泣いて頼めば許してくれるだろう。こうして私はここパステルダール領での生活を決心したのだった。