青夏
私は高校一年生にしてすでに青春コンプだ。
まず友達がいない。別に勉強も出来ないし部活はやめたので脚光を浴びることもない。
ニキビで痛々しい肌、人中フルマラソン、ひょうたんみたいな輪郭、見るたびに泣きたくなる。
この見た目と、小学生の頃嫌がらせをしてくる奴に好きだと言われ、嫌悪感を抱いた経験から、片想いすら気が引ける。
だから毎日妄想する。
たくさんの友達とすごす日々を。
細長く骨張った白い身体の優しい顔の彼を。
私は夏が好きではない。夏は眩しすぎる。
色も輝きも許容できない。
でもそこに、私の他に誰かがいたらどうだろう。
そしたら川に行きたい。眩いばかりの鮮やかな空のもとで。
パッキリとしたセーラー服。スカートから膝をのぞかせ、首からシャツに汗が流れる。
「あついねぇー。」
快活に言葉を放つ彼女の名前は、そうだ、ナツにしよう。
私からナツを誘おう。
「今日の暑さはえぐいね。ねえ、今からそこの川行かない?水、冷たいかはわかんないけど。」
「お、いいね。じゃあちょっと待って。私サイダー買ってくる。」
「あ、私も買おー。」
手に持った二つのペットボトルは光を反射してキラキラしている。いかにも夏だ。
ナツはバス通学だからわたしは自転車を押しながら、川沿いの道を歩く。すると川岸につながる階段とスロープがある。
降りるや否や自転車を止めて靴下を投げ捨てる二人。
「つめてー。」
ナツの笑顔は爽やかなオレンジ色。
「わー、最高。やっぱ来て良かった。」
私たちの足を撫で、弾けばしぶきをあげる水は、これまたひどく夏だった。
いつのまにか一緒くたになってしまった汗と水は、薄いシャツを肌に吸い付けた。気持ち悪いけど、すぐ乾く。暑いから。
パシャッ、パシャ。
「やばい。なんか疲れてきたね。」
ナツが手を止める。
「それな。ガチ疲れた。」
「今何時?」
「ちょっと待って、えーと、六時。」
「え?うそ、そんなに水遊びしてたの。幼稚園児じゃん。」
「ははっ、日長いからわかんないよね。」
「そろそろ帰るかー。」
「そうだね。」
校門の前のバス停に向かう足取りは行きよりもゆっくりで、かなり長い時間を要した。
「またね」
バスに乗るナツを見送り、とぼとぼと自転車に乗ろうとすると、トンと肩を叩かれる。私は人に触られるのが苦手だが、その軽い手つきは嫌ではなかった。振り返ると柔らかな彼の微笑みがあった。
「あれ、蒼じゃん。部活終わったの?」
蒼は文芸部だ。
「うん。そっちはなんで帰り遅いの。」
「ナツと遊んでた。川行ったんだよね。」
「そっか、いいね。」
また自転車を押しながら、蒼が使っている駅までついて行く。私の家はそれより少し行ったところで、もっと近道はあるのだけど、蒼が一緒だとこの道を選ぶ。
蒼との帰り道は、ナツの時とは打って変わって静かだ。
たまにぽつりぽつりと会話がある。その程度。でもそれが、妙に心地いいのだ。
彼は同い年とは思えないほど達観していて穏やかだ。しかし彼にも同じようなことを言われた。私たちは多分似た者同士だ。でも蒼が私なんかと似ているとは思いたくない。彼の存在は近くにありながら憧れだから。
蒼が好きだ。あなたのその青白い手は、あまりに美しくて儚い。なんでそんなに寂しそうに笑うの。バレてないと思ってるのかな。それとも全て計算だったりする?
「…好きだよ。」
あまりに唐突に、当然のように言うのでうっかりスルーしてしまいそうだった。彼を見上げた私の顔は、きっと間抜けで醜い。
そんな顔に、悲しくも美しい笑みを向けてくれる彼を、絶対に離したくはない。そんな事を思うほどには、全然、彼のことを知らないのだけれど。
「ありがとう。でも、なんで。」
「なんでだろう。雰囲気とか、感性とか?あと普通に優しいし。」
彼は言って欲しいことを言ってくれる。
まあ私だからね。
文章にするとかなり気持ちが悪くて参った。これが私の描く青春。ナツも蒼も私の中にいるのだから、私の脳が世界で一番青春かもしれない。
とにかく私は、柔らかい青のベールを纏った、私しか知らない、彼が好きだ。あまりにも、信じられないくらいに。
「会えない」だけなのに、なぜかひどく虚しい。