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8:その時盗賊ギルドは

 暖炉の明かりがゆらゆらと部屋を照らしている。

 部屋の奥にはこの街での盗賊ギルドの権勢を示すかのようにガラス張りの窓があり、そこから月と星の明かりが薄っすらと入り込んでいた。

 そして、この部屋の主の趣味なのだろう、壁には書架とそこに収められた無数の本。

 紙製の本の値段を考えれば、この男の持つ財力が尋常ではないことがわかる。


「戻りましたか」

「はっ」


 アヒムが部屋に入ったのを認識すると、ギルドの実行部隊を束ねるクラウスが声をかけてきた。


「バリーはどうなりましたか?」


 正直、事の重要性からすればバリーのことなどどうでもいいのだが、自身の考えを述べることなどアヒムには許されていない。


「生きているようです」

「2度生かしますか。甘いですね」


 アヒムが端的に答えを返すと、クラウスは侮蔑を隠さず嘲笑し、愉悦に満ちた表情でワインを口に含んだ。


「…………………………」

「アヒムさん、言いたいことがありそうですね。いいですよ、仰ってください」

「はっ、相手は我々の切り捨てた相手を取り込む策略なのだと思います」

「甘さではないと」

「はい」


 クラウスが何かを考え込むように目を瞑った。


「……人質はどうなりましたか」

「全て奪還されました」

「実行者はローラントが連れてきた二人組ですか?」

「申し訳ありません。確認できませんでした」


 アヒムが監視任務の失敗をすると――


「理由を説明しなさい」


 クラウスは隠すことなく不快感を示す。

 理由によってはアヒムの首はこの場で飛ぶのは間違いない。


「はい。バリーが突入の合図をしたと同時に、視界が闇に染まり正気を保っていられないような精神状態にされました。恐らく魔法による攻撃を受けのだと思います」

「ノアと言いましたか。魔術師と報告を受けていますね」

「こちらも恐らくという報告となります。実際に使用した場面を見た者がいません」

「ということは、ブラフの可能性もあるということですね」

「はい」


「拠点はどうなりましたか?」

「バリー達の家族を監禁していた拠点は落とされ、跡形もありません」


 一番重要なところは伝えた。後はクラウスがどう判断し、ギルドがどう対処するかゆだねるしかない。

 アヒムに出来ることは自身に許された声音、表情で淡々と危機を伝えることだけだ。


「何を言っているのです? 跡形もないとは?」


 アヒムの言葉にクラウスは初めて驚愕の表情を浮かべた。


「言葉通りです」

「アヒムさん、あそこは砦と言っても良い造りでした。それを一晩で更地にしたというのですか?」

「一晩すらかかっていないと思われます」


 クラウスは黙り込み、指でトン、トン、トンと一定のリズムで机を叩いている。

 思考を巡らせているのだろう。


「なるほど。英雄……それに類するものを引き入れましたか」


 クラウスが人の枠を超えた存在の名を口にした。

 一人で戦況を変える程の怪物は、国の中枢にいると聞くだけの遠い存在のはずである。


「英雄ですか」

「それ以外ないでしょうね。厄介にはなりましたが、英雄は古来より暗殺により命を落としています。勝機が全くないとは言えないですね」

「…………………………」


 アヒムはクラウスの言葉を黙って聞き続ける。今は考えを述べることは求められていない。

 だが、どうしても考えこんでしまう。


 あれはその程度の相手だろうか?


 気が付けば砦は姿かたちが無くなり、見上げる程の巨大な金属だけが突き立っていた。

 あれではまるで墓標だ。


「不安ですか?」

「正直に申し上げれば」


 クラウスはアヒムをしばらく見つめると、「続けなさい」と口にした。


「敵は甘くないと報告した理由ですが、拠点を守っていた者が皆殺しにされました」

「皆殺し、ですか……」

「はい。私が受けた魔法を考えれば赤子の手をひねる様なものだったと思います」

「アヒムさんはどのような状態だったのですか?」

「昏倒していたのだと思います」


 記憶が途切れる前にいた場所でアヒムはうつぶせの状態で倒れていた。

 恐らく立ったまま完全に意識を立たれていたのだろう。

 自身の体の痛みからの推察になるが、アヒムは受け身も全く取れず無様に地面へと叩き付けられたはずである。


 普段では考えられないことだ。


「昏倒……精霊魔術の類いですか?」

「わかりません」

「ノアとルーナと言いましたか」


 クラウスは「どちらかがエルフと言うかとはありませんか?」と問い


「耳は普通ですし、外見上はエルフではありません」


 とアヒムが答える。


「アヒムさんが戻って来られた理由はどう考えていますか?」


 アヒムの説明を聞き、クラウスがさらに質問を重ねる。


「ギルドに対する警告ではないかと」


 そして問いに対する答えは、どうやら及第点は取れたようである。

 アヒムの推測にクラウスは満足そうな表情で頷いた。


「砦を更地にするほどの魔術がそう易々と使えるとは思えませんが……。少なくとも建物一つ分、数十人程度の規模で対象を昏倒する魔法を使えるとなると……防衛など考えるだけ時間の無駄ですね」


 クラウスがまた一定のリズムで机を叩く。


「わかりました、手打ちとしましょう」

「よろしいので?」


 トルニの南側、どの勢力も支配権としていない地域への謀略を仕掛けたのにもかかわらず、何も利益を得られないまま、被害に対する報復をすることもないまま手打ちとする。


 それはクラウスが自ら仕事を失敗と認めることになる。

 そんなアヒムの心配をよそに、クラウスは


「手打ちの挨拶は私が行きましょう」


 とさらに問題行動を宣言する。

 後ろ暗い任務を主流とし、自身に忠誠を誓う実行部隊を持つクラウスだ、ここまでやったとしてもギルドマスター達から責任を追及され命を絶たれるということはないだろう。

 だが、ギルドでの立場、影響力は間違いなく下がることになる。


「よろしいので?」


 アヒムが再度同じ言葉を投げかける。

 目をあげると、クラウスの紫紺の瞳とぶつかった。


「勿論です。考えてみてください。王国は今、王位を争って内乱をしているのです。英雄と呼ばれるほどの実力者ならどの勢力に与しても栄達は思うがまま。支援した勢力が勝てば領地持ちの貴族にだってなれるでしょう」


 クラウスは愉悦に満ちた輝きでアヒムの顏を見据えながら――


「なのに何故辺境にいるのか?」


 上機嫌に演説を続ける。


「辺境を独立勢力として実効支配するつもりか、はたまたもっと大きなものを狙っているのか。この先どうなるかはまだ分かりません。ですが、英雄であれば大森林の資源にも手を出せるでしょうし、トルニはさらに大きくなるということだけは間違いないでしょう」


 アヒムにもクラウスの考えていることが理解できた。

 誰も手出し出来ていない大森林の資源を使い私兵を蓄え、王国から独立……

 もしかすると王国そのものの乗っ取りにさえ出るのではないか、そう考えているのだろう。


「彼女たちに協力すれば……、わかりますね?」

「はい」

「協力関係を築けないとしても……光が大きい程、闇は大きくなります。我々盗賊ギルドの活躍の場は間違いなく広がるでしょう」


「…………………………」

「納得されていないみたいですね」

「はっ。恐れながら、これだけの被害を出して手打ちなど、ギルドが納得するでしょうか?」

「アヒムさん、面白いこと言いますね。ギルドマスター達が、あの強欲な爺共が納得するわけがないじゃないですか」


「巻き込まれるなと言うことですか?」

「はい。未来を考えれば数年で街は変わります。その短い期間で馬鹿な老人たちが減って風通しが良くなると思えば、雌伏も悪くありません。貴方たちの仕事はことが来た時に動ける戦力を維持することです」

「はっ」


「最悪、金庫が空になってもいいでしょう。魔術師に目をつけられないことを優先してください」

「承知いたしました。」


 クラウスが紙上にペンを走らせている。

 部下に自身の方針を伝える命令書を作っているのだろうか?


「そうですね。後は、更地にされては使い道がありませんから、砦の跡地は賠償金代わりに差し上げましょう」

「よろしいのですか?」

「もしかすると領主勢力の馬鹿が税の取り立てに行くかもしれません。どう対応するか見物させてもらいましょう」


 クラウスは楽しそうにクツクツとひとしきり笑うと――


「我々が躓いたのです。他の勢力には転んでもらわないと困りますね」


 残りのワインを飲み干した。

 話は終わりということだろう。


「行きなさい。アヒムさん、期待していますよ」

「はっ」


 アヒムは深々と頭を下げ部屋を退出する。

 砦の跡地を手土産にクラウスが直々に訪問して手打ちをすると言うのだ、準備の時間はもう足りないくらいである。

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