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4:トルニという街

―とある宿の食堂―


「はいよ」


 恰幅のいいお姉さんが持ってきたのは野菜と穀物を煮込んだ料理だ。

 長時間煮込んだのだろうね。

 ノアがスープを何度か掬い上げてみてもミルク色のドロッとした液体の中には溶けて小さくなった野菜と思しき小さな塊しかなかった。


 この料理の優れた点を探すなら湯気が立っていて暖かいことだろう。

 ノアはルーナを一瞥し、彼女が頷いたのを見て料理を口へと運ぶ。

 どうやら毒を盛られることはなかったらしい。


 そして、まだサンプルは一つ目だけど、この世界では保存食でもない限り塩は控える傾向にあるらしいとノアは心のメモ帳に記録した。

 まあ、暖かいというだけでもご馳走か。

 ノアがそう自身に言い聞かせた幻想は、隣でジャーキーをナイフで削っているフィーネによりあっさりと崩れ去る。


「フィーネ……」


 ノアは情けない声をあげ、恐る恐る木椀をフィーネへと差し出した。

 元々食に困らない世界に居たノアとって、野菜と穀物という名目にもかかわらずほぼ穀物しか入っていない淡白な料理は物足りない味付けとなっている。

 その上心の奥底でせめて野菜の甘みが欲しいと考えていたタイミングでフィーネが肉を追加していたのだから、私も塩味の効いたお肉が欲しいとノアが思ってしまったのは無理もないだろう。


「もう、そんな顔をしなくてもあげるから」


 フィーネは苦笑しながらノアの料理を手に取り同じように乾燥肉を投入する。

 ルーナもそっとお皿を出したところを見ると食事への評価はノアと同じと言ったところか。


「検問所、ピリピリしてたね」


 手持ち無沙汰となったことで、ノアは街に来た時の話を掘り返す。

 トルニは国境沿いということもあり、辺境とは思えない大きな外壁に囲まれた街だった。


「そうですね、捕まえてくるはずの集団が捕まってくるはずの集団に逆に捕らえられていたのですから、当然といえば当然ですかね」


 ノアの話題に乗っかったのが同じくやる事のないルーナだ。


「でもそんな状況なのに野盗に襲われたから返り討ちにしたで済むんだから、予想通りことが進んでるって考えてもいいのかな?」

「そう考えていいでしょう」

「まあまあ、いいじゃない。結果が良かったんだし」


 結論から言えば色々と警戒していたのとは裏腹にトルニへ入るのは簡単だった。

 トルニは密輸が盛んな特徴から傭兵や裏ギルドの者が滞在していて、街の人口は辺境にもかかわらず働き盛りの男性が多い。

 そのため街には定期的に春を売る者達が流れてくるのだという。

 そんな事情もあって、大量の荷物と一緒に連れられてきたノアとルーナはローラントの持ってきた彼の後ろ盾への貢物と判断されたのである。


 ルーナが不機嫌な理由はここだろう。


 領主としては、娼婦たちが裏ギルドの収入の一つになっているとわかっていてもても、荒くれ者達に街で暴れられてはたまらないと、街の検問を緩めているらしい。

 後は、街の者を花街の住人にしてしまえば、領主に従う人口を減らしたうえで裏ギルドに従う人口を増やすことになるから、それは避けたいみたいだね。


 裏ギルドとしてはまさに一石二鳥の状態。


 領主を含め他の層はライバルの力を強くなるのは面白くないと渋々受け入れている体みたいなんだけど、うん、花街利用の一番のお得意様がその街の権力者たちみたいなんだよね。


 まったく。


 誰に対しても比較的検問は緩い街となっている要因を思い出して、ノアはこっそりとため息をついた。


「そうですね。揉めるよりはましですか」。

「そう、そう」

 

「検問の感想ですが、思ったより末期ですね。あの門兵の様子では、街にならず者が増えて、武力を持たない住民がいつ犠牲になってもおかしくないでしょう。そうすれば現在の権力構造が崩壊を始めます」


 まあ、わかっていても、末端の兵士からすればどうしようもないかな。

 だって、ただの娼婦やチンピラにしか見えなくたって、もしかすると裏ギルドの権力者と繫がっているかもしれない。


 街の兵士だからと言って何の瑕疵かしもなしで尋問をすれば、下手をするとお互いの面子をかけた抗争の始まりだ。

 門兵の感覚としては見えない爆弾でも扱っているようなものだろう。

 なあなあで済ますのもしようがない、よね。


 ノアがそんなことを考えていると――。


「既に崩壊は始まっていると言っていいでしょう」


 ローラントはゆっくりと重々しく口を開いた。


「ローラントさん?」

「領主は富裕層と職人を守るために警備の兵士を増やしました、ですが、そのせいで囲い込んだ者達だけにしか十分な物資を用意できていないのです」

「えっと、もしかして権力者につながってないとご飯にもありつけないってこと?」

「うん、だからお父さんは新しい商業ルートの開拓に出かけたの」


 フィーネはノアの質問に答えると、乾燥肉を入れた料理をノアとルーナの前へと返す。


「信じられないかもしれないけど、この料理でも、野菜が入っているほうなんだ」


 乾燥肉の入ったスープは確かに先ほどよりも美味しくなっていた。

 でも。

 これを用意するのにどれほど無理をしたのだろうか?

 きっとこの乾燥肉もノア達がいなければスープへ入れなかったに違いない。


 そう考えると、ノアは素直に喜べなかった。

 命を救った恩人がいるからとフィーネ達は奮発したのだと容易に想像がついたのだ。

 もしかするとフィーネ達が普段食べている料理には、乾燥肉はおろか野菜など微塵も入っていないのかもしれない。


「フィーネ!」

「あっ、ごめんなさい」


 ラウラに叱られてフィーネが慌てた様子で謝罪する。


「物資が運べたのですからこれからは徐々に良くなるでしょう」

「そうかもしれませんね」


 ルーナの気遣いにラウラさんが弱々しく微笑んだ。


 そしてルーナは。


「街がピリピリしている要因は荷を奪うはずだった武装集団が捕まったことで、食料等に不安が出来た勢力がいるのかもしれませんね」


 と付け加えると――


「ところで、この宿の者達は信用できるのでしょうか?」

「申し訳ありませんそこまでは……」


 何気ない様子で問いかけた、問を受けたローラントは答えを返せずにすまなそうに頭を下げる。

 どうやら自分が信用できると思った誰かに裏切られているのは理解しているようだ。


「申し訳なくなんてないですよ。寝床があるだけでもありがたいですよ」

「ええ、マスターの言う通りです。きちんと御自覚があるようで安心しました」


 これ以上の話は出てこないだろう。そう考え、ノアは食事に集中することにした。

 せっかく無理して用意してくれたご馳走なのだ、味合わなくては勿体無い。

 ノアがスープを口に含んでモグモグと咀嚼していると。


「ノア達は明日からどうするの?」


 フィーネがさりげなく話しかけてきた。

 でも、その言葉は自然と言い切るには少しだけぎこちない。


「マスターはどうしたいのですか?」


 ルーナがノアにお伺いを立てたことで場の緊張が明確となり、ローラントとラウラがノアに向かって頭を下げる。


 それを見てノアはなんとなく察する、きっと、「フィーネを連れて王国を出てくれないか?」といったところだろう


 お金は自由になる分を全てはたくに違いない。


「ノアさん、いえ、ノア様……


 ラウラの発言を手で遮って、


「正直、トルニに来るまでに色々ありすぎて全然考えてない」


 ノアが声をあげる。


「そうだとは思っていましたが……」


 そしてノアの言葉にルーナが調子を合わせて呆れたような台詞を告げると。

 ノアは誤魔化すように笑みを返して、スープを口に含んだ。

 うん、完璧な連携の時間稼ぎだね。


 えっと、現状の皆のスペックを分析するに――


 ノア:召喚魔法が使える。

 ルーナ:機械生命体(オートマータ)なのでSF的な能力がある? 無二の相棒

 フィーネ:異世界第一村人。守ってあげないといけない。

 ラウラ:フィーネの母。守ってあげないといけない。

 ローラント:まあ、最悪私の助けがなくても頑張れ。

 

 ……

 ノアがそんなことを考えていた時、リーゼから念話が入る。

 それを聞きながら、うん、うんと唸っていると――


「何をお悩みですか?」


 流石に見かねたのかルーナが問いかけてきた。


「うん、考えても仕方ないってのがわかったかな」

「えっ?」

「街に来たばかりだから、今後どうなるかとかさ、全然わからないし、旅の荷物だってどれだけ揃えられるかわからないし、さ」


 ノアはルーナへとリーゼが念話で伝えてきた内容を伝える。

 普段使わないというだけで、ノアとリーゼが召喚魔法により念話ができるように、召喚主のノアと召喚獣のルーナも念話での会話が可能だ。


「そうですね。では、マスター。フィーネ様に街や王国、帝国の情報を聞くのはどうでしょうか?」

「うん、いいね」

「私?」

「うん、お願いできないかな」


「フィーネ」


 ラウラに促されてフィーネがノアのお願いを了承する。

 今後のことを考えれば二人が仲良くなるきっかけを摘むことも、そして、ノアの簡単な願いを断るという選択肢も、ローラントとラウラにはないだろう。


 もしかすると、物資を運べたことで今夜にでもローラント達は何か会合を持つ予定だったのかもしれない。


 即答しなかったところを見ると、フィーネもそれに参加したかったのかな?

 まあ、この世界のこと教えてって言っても馬車でもある程度聞いたし、緊急性なさそうだもんね。


 ちょっと、失敗かな?


「それで、申し訳ないんだけど…… じっくりと話を聞きたいから、私とルーナをフィーネのお家に泊めてくれないかな?」

「えっと、お母さん?」


 ノアの突然の要求にフィーネは戸惑ったような声をあげる。


「ノアさん、歓迎いたしますね」


 ラウラさんから言質を取って、ノアは二人も疲れているはずだから、今日は出かけずに家でゆっくりと休んだほうが良いと伝えた。

 年長者の二人だ、何か感じるものがあったのだろう。


 目をきょろきょろと動かし、周囲を探るような雰囲気を出す。

 それを見てフィーネも何か異常があるのだと察してしまう。彼女の表情が見るからに強張った。


 ノアはフィーネの背中を何度か優しく叩いて宥めると――


「ローラントさん、ラウラさん」


 ローラントとラウラの二人にゆっくりと首を振り、警戒を止めるように促した。

 事が起きているのはリーゼが監視しているバリーに対してなのだ、ここで挙動不審になられてもいらぬ不信を買うだけである。


 今夜、彼らはもう一度フィーネ達を、そして今度はノアとルーナを襲撃するらしい。


 まったく


 事が早すぎて、困ったものだね。


 ノアは憂鬱な未来に深く息を吐いた。

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