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1:出会い

―とある街道―


 貧乏くじは残り続けるもので、いずれ弱い者が引かされる。

 馬車から降ろされてフィーネはそれを思い知った。

 馬車を囲む男達の数は優に二十を超えている。


「悪りぃな、ローラント」

 

 そして父へと声をかけた男、恐らく彼がこの集団の頭目なのだろう。

 髭の生えた顎を撫でながらニヤリと笑うその男の佇まいは歴戦の勇士さながらでとてもただの物取りには見えない。

 周りの男たちにしてもそうだ。

 統一性がないとはいえ、全員が鎖帷子(くさりかたびら)、剣帯ベルト、ブーツと一端の装備をしていて、野盗の集団というよりも傭兵団と言われた方が納得いく様相である。

 それにもかかわらず彼らはただの野盗と同じように馬車を囲んで脅しをかけてきている。

 街の上層部、アイツらがけしかけたんだ。

 フィーネはそう思い、無駄だと知りながらも頭に被った布をきつく握りしめる。


「女と馬車を黙って渡しな。顔なじみのよしみだ、そうすりゃあ、楽に殺してやるぜ」


 頭目が口を開いた。


「た、頼む、娘と妻は見逃してくれ」


 その言葉に、父が上ずった声を上げる。

 だが、


「おいおい、覚悟もなくギルドに逆らったのか? 流石にそれはないだろう。ローラント」


 頭目は笑みを深めるだけで話を取り合おうとしない。


「バリー……お前さんは街が、みなの生活があのままでいいと思っているのか?」

「よかぁねえよな。でもよ、逆らっても勝てやしねぇんだ、お前みたいに大切なものを奪われる側になるくらいなら、俺は尻尾を振って奪う側になるさ」


 父がじりっと足を前に踏み出す。

 頭目の言葉を聞いてきっとここが勝負所だと思ったのだろう。


「良くないって思うのなら、見せしめには俺の首を持って行ってくれ。娘たちは…………

「だからよ! それは聞けねえんだよ、ローラント」


 そして頭目の男も父の感情に応えるかのように、言葉をかぶせて捲し立てる。


「てめえの命だけで済むってなら、お前みたいに逆らえるやつはいるだろうよ。だからよ、見せしめには家族の首が必要なわけさ。なあ? わかるよな?」


 怒号に近いその声音が行動を起こすのなら覚悟を決めておけという彼の憤りを表しているようだった。


 父は行動を起こさない頭目に不甲斐なさを感じているのだろう、そしてそれと同じように、きっと彼にも父に感じるものがあるのだ。

 だから、その感情にあてられてしまったのだと思う。

 父は言いかけた言葉の続きを紡ぐことなく、手を握りしめ俯いた。


「よし、お前ら商品を確認しろ」

 頭目は父の様子に満足気に頷き、部下の男たちに指示を出す。


「へい」


 頭目の指示を受け、男たちはフィーネ達を見張る最低限の人材を残してぞろぞろと馬車へ移動していく、その中の一人がすれ違いざまに「ご苦労さん」と父の肩を叩いた。

 許せない!

 嘲るような態度にフィーネの心が激しく反応した。

 秘密の日程とルートだったのに!

 全てがわかっているかのように野盗達が待ち伏せしていた。

 きっと商業ルートの開拓は、始めから街の支配者に反抗的な存在を炙り出すための罠だったのだ。

 それなのに、それなのに、商業ルートの新規開拓の話を聞いて、街が変わるとフィーネは間抜けにも喜んでしまった。


 悔しい。

 

 話を持ってきた者は街の未来など何も考えていなかったに違いない。

 ただ街の上層部に尻尾を振るために、フィーネ達家族をここで彼らに引き渡し、街にいる反抗的な勢力の心を折りにきたのだ。

 次は自分達かもしれない。誰も信じられない。

 そんな感情を植え付けるための謀略。

 そして彼らはまんまと罠に引っかかったフィーネ達家族をずっと馬鹿にしていたに違いない。

 それが今、態度にはっきりと出たのだ。

 フィーネは言い返せない自分が悔しかった。


「頭~、商品が足りませんぜ」


 荷馬車を確認していた男があげた声に、頭目は呆れたように息を吐いた。


「ちっ、鬱陶しくても使える奴だと思ってたんだがな」

「内乱が広がっているんだ、それ以上の物資はどんな商人でも集まらんよ」

「言い残す言葉はそれでいいか?」

「ああ」

「そうか」


 頭目は父の返答をどうでもよさそうに聞き流すと、面倒くさそうに顎をしゃくった。

 その行動の意味する行為は一つしかない。役立たずは片付けろと言うことだ。

 父も、そして母もそれを察したのだろう。


「うおおぉぉぉ!!」


 頭目の行動が合図だったとばかりに、父が街道沿いに居た見張り一人に猛然と駆け寄ると、タックルをしてそのまま倒れ込む。


「グフッ」


 見張りの男は多勢に無勢のこの状況で父が暴挙に出るとは思わなかったのだろう。

 油断していたために受け身もまともに取れず息を詰まらせ苦悶の表情を浮かべている。

 包囲に隙間が出来た。フィーネは母の手を取り父の背中を追った。


「逃げなさい!」


 そして、包囲を抜ける瞬間。

 フィーネは母に背を押されて街道脇の草むらへ転がり込む。


「お母さん!?」


 驚いて振り返ると――

 フィーネの瞳には死に場所を決めた父と母の顏がはっきりと映る。


「フィーネ。行きなさい」


 静かな父の声にフィーネは頷き返し、森を駆け出す。

 不幸中の幸いと言うべきか、先に続く逃げ道はフィーネの腰の高さほどに鬱蒼と茂る森。

 辺境育ちのフィーネにとって森は幼い頃から走り回っている慣れた環境なのだ、逃げきれる確率がゼロとは言い切れない。


「逃がすな。追え!!!!」

「フィーネ! あなただけでも生きて」


 追手が来る!

 自身の考えが呼び込んだ恐怖で、体は震え、心臓が早鐘を打っていた。

 それでも家族を囮に自分だけが一目散に逃げるなんて出来なかった。


「お父さん! お母さん! 私は大丈夫だから。森は私の庭だもん」


 負けるもんか、そう言い聞かせて。


「捕まえてみなよ!」


 フィーネは精一杯声を張り上げる。


「ふざけやがって。捕まえた奴の好きにさせてやる。絶対に逃がすな!」

「約束守ってくださいよ。頭」


 背中を打つ音圧には害意だけではなく、滾った欲望が含まれていた。

 男たちがガサガサと音を立て森に入る様子に


「ちっ、言うだけあって速えぇな」


 フィーネは少しだけ安堵を覚えた。

 呼吸も先ほどより落ち着いてきている。

 野盗たちの言葉を聞いてチラッと背後を確認すると、彼我の距離は徐々に開いていた。


「しかたねぇな。多少傷付けてもかまわねぇから射ろ」


 後ろから頭目の苛立つ声が響く。


「でも、(かしら)。上玉ですぜ。勿体無くないですか?」

「逃がしたら仲間の首が飛ぶ。命令だ。射ろ!」


 盗賊たちの声を聞いて、フィーネは緊張で噛み締めていた口元を少しだけ緩める。

 緊張がほぐれてきたからか、息苦しさを感じていた呼吸が楽になってきた。

 フィーネは彼らが森を生業としていないと確信する。

 もし、猟師や木こり、そして冒険者なら――

 あんな間抜けな音を立てながら森に入ったりなどしない。


 まして今は追跡中だ。


 追いかける獲物に音で位置関係を悟られるなど猟師なら見習いでもどやされる所業である。

 そんな彼らに人の手の入っていない深い森で一度見失った対象を追いかけるなどできるはずがない。


 逃げ切れる。


 ……


 その油断がいけなかったのだろうか? 


「え?」


 フィーネが踏み出した足が何かに取られてしまう。


「きゃあぁぁぁぁ」


 フィーネは反射的に悲鳴をあげていた。

 ゆっくりとした時間の中で、体が徐々に前方に沈みこみ、一拍遅れて、頭上を風が駆け抜ける。


「無傷で捕まえられそうじゃねえか。偶然(・・)とはいえついてるな」


 フィーネが恐る恐る視線をあげると、木に突き刺さったそれがビーンと音を立てて揺れていた。

 射られたんだ。

 矢の通った軌跡が自然とフィーネの脳裏に浮かんだ。


「そうだ、逃げなきゃ」

 

 そして直ぐに立ち上がるつもりでいたフィーネの体に異変が起きたのはこの時。

 どこかを怪我したという訳ではない、ただただ震えが止まらない。


「おい、お前ら。逃がすなよ」


 転んだことで得た幸運。だがそれは、報酬が大きかった分、当然代償も大きかったようである。  

 逃げなくちゃ。

 そう思っていても、また射られるかもしれないという思いが、今度は当たるかもしれないという凍てつくような恐怖が、足をすくませる。


 先ほどの矢は転ばなければ間違いなくフィーネに当たっていた。

 彼らは逃がさないということに主眼を置いていて、逃げられるくらいなら最悪フィーネが死んでも構わないと考えている。


「そうだ、嬢ちゃん。大人しく震えてな」


 不自然なほどに優しい頭目の声、部下の男たちが森を掻き分けて歩く音。

 フィーネの優れた聴覚がもうそこまで彼らが来ているのをはっきりと知らせてくる。

 でも、それでも相変わらずフィーネの足は言うことを聞いてくれない。

 もう駄目だ



 そう諦めかけたフィーネの耳に届いたのは……


「大丈夫?」


 とても場違いな可愛らしい声だった。

 目の前にはいつの間にか少女が立っている。


 どう見ても無関係のか弱い存在だ。

 フィーネは目の前の少女が犠牲になるのが嫌だった。

 でも自分には何の力もない。

 助けるなど夢物語である。


「だ、だめ。に、に、にげ」


 だから、自分のことなど放って逃げてほしいと必死に首を横に振る。

 フィーネの目の前にいるということは、この少女は森の深部から来たのだ、彼女なら野盗がフィーネにかまけている中に逃げられるかもしれない。


「大丈夫だから心配しないで」


 だがフィーネの内心を余所に、少女がゆっくりとこちらに歩き出し、にこりと笑いかけてくる。


「ドライアド」


 少女が一言呟いた後。


 植物の擦れる音と共に「ぐゅ」っと異音が鳴った。

 音の正体を探るために振り返った先の光景にフィーネは絶句する。

 野盗たちが自身の踏み倒したはずの草木に締め上げられている。


 全員が表情を歪ませているのは苦痛からだけではなく――


「なんだよぉ、これぇ」


 恐怖による部分もあるだろう。

 全員が自身のよりどころとなる武器を奪われているのも恐怖に拍車をかけているはずだ。

 武器は恐らく植物たちが奪った。

 それを示すかのように武器に絡みついている草花がいくつもある。


「精霊使い?」


 その言葉は少女へ問いかけたわけではなく――

 フィーネがおとぎ話で知った英雄、自然に働きかける力を持つ存在を無意識に呟いたものだった。


「ううん、私は召喚士!」


 だが少女は質問とも言えないフィーネの独白に律義にそう答える。


「ところで、私の国の常識だと武器を持ってか弱い女の子を追いかけているのは悪党なんだけど、それはこの国でもあってるよね?」


 これがフィーネとノアの初めての出会いだった。

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