9:エピローグ
「それじゃあ、気をつけてね~」
ノアは気軽に手を振る。
「任せてくだせい」
頭を下げたのは馬車を率いる集団。
彼らは左と右の頬にお揃いの紅葉を咲かせ、右の赤い手形に比べて左は一回りほど小さくなっている。
たぶんこっちがフィーネの手形かな?
くっきりと跡を残している所を見ると、フィーネはラウラさんの教えをしっかりと受け継いでいるみたいだねとノアはうん、うんと頷いた。
「マスターの部下となり初仕事です。失敗は許されませんよ」
「わ、わかっておりやす」
ルーナの念押しにバリーが慌てた様子で腰を折る。
拳を打ち込まれたせいか、頭目さんはルーナにはとても腰が低いね、物理的にも精神的にも……
始めて見た時の不敵さの面影はなく、正直、頼りないと言っていいだろう。
「ノア様、ルーナ。私が付いていますので」
「ワフッ」
そんなバリーを見かねたのか、オルールとクー・シーのコテツが元気よく返事した。
「頼りにしてるよ」
ノアがワシワシと撫で、コテツが気持ちよさそうに目を細める。
クー・シーは大きさが牛ほどで体毛が緑色という点を除けば長毛の大型犬と似た容貌であり、コテツに丸い尻尾をぶんぶん振られると、動物好きのノアは撫でまわさずにはいられないのだ。
「オルールもコテツを助けてあげて」
ノアがポンッと肩御叩くと――
「お任せください」
オルールが可愛らしいポーズを取る。
それはリーゼが気合を入れた時と同じもので、妖精族の敬礼はやはりこのポーズなのだろうか?
うん、まあ、その疑問は置いておいて……
闇の精霊であるバンシーのオルールと精霊を守る番犬であるクー・シーのコテツ。
二人の相性は抜群のはずだ。
そして、優し気な表情のコテツではあるが、クー・シーは妖精が連れていないときに出会うと危険とされる程の獰猛さも持っている。
ノアが目を離す分、二人には一緒にいてもらったほうがいいだろう。
「ローラントさんも商業ルートの件お願いします」
「任せろ、しっかりとバリーを支えるさ」
今回結成されたノアの隊商はバリーが隊長を務めている。
情熱を持つリーダ気質のローラントさんに権限を持たせるのをルーナが避けることを提案してきたので、それを採用した形だ。
うん、権限を持たせたら暴走する懸念があるから仕方ないよね。
ノアの召喚獣であるルーナたちと違って私に全振りで動いてくれる人ではないしと考え、ノアは「あまり張り切り過ぎないでくださいね」とローラントとの会話を閉めた。
*
馬車が街を出て周りを囲む男たちの姿も小さな影となっていく。
コテツに跨ったオルールが何度も振り返ってブンブンと手を振るのをノアも手を振り答える行為を何回か繰り返し、今は皆が前を向いて進んでいる。
見送りはもう大丈夫かな?
ノアがそう考えていると――
「行きましたね」
ルーナがノアの隣にすっと並ぶ。
「そうだね、とりあえずは大丈夫そうかな」
「ええ。裏で手を引いていた裏ギルドの者が手打ちに来たのですから、今回は大規模な妨害はないでしょう」
ルーナの時間を置かずに行商に出れば裏ギルドの混乱が続いているうちに仕入れができるという考えをノアも支持し、ノアが砦を襲撃した翌々日には出発するという今回の強行軍が成立した。
「取りあえず信じていいのかな」
手打ちに来たクラウスという男性を思い出す。
彼は長い銀髪と紫紺の眼を持つ切れ者という雰囲気を醸し出す人物だった。
「ええ。クラウスの持つ勢力がちょっかいをかけてこないというのは本当でしょうね」
「じゃあ、裏ギルドの上層部が報復に来るってのも本当ってことか」
はあぁぁぁとノアがため息をつく。
「そこは仕方ありませんよ、マスター。私たちの起こした現象を、持つ力を、普通の人間が素直に信じることは難しいですからね」
「まあ、仕方がないか」
「はい」
「後は、私たちが土地を得たことで貴族たちが……とか言ってたけど。全部わかっててわざわざ言ってきたわけでしょう?」
「ええ。今後の騒動に自分には責任はなく、善意で情報提供しましたという様式美でしょう」
ルーナは「実際は私達の対応を見物さてもらおうといった所でしょうね」とふっと笑う。
「じゃあ、砦にいた人を島流しにしたのは正解だったのかな?」
ノアはファイアドレイクが砦に居た裏ギルドの人員を詰め込んだ檻を持ち飛び立った方向を眺める。
快晴の空の先に何も見えないが、今頃元気よく羽ばたいていることだろう。
「ええ、2度ともバリーを生かして、砦の人員も生かして帰したとなると甘く見られますからね」
「そうだね。でも、舐められないために良く知りもしない人の屍の上には立ちたくないし」
終始こちらを計ろうとするクラウスが砦の人員について問いかけてきた時。
ノアは「どうなったんですかね? 興味なかったので気にしてませんでしたよ。気になるなら掘り返してみたらどうですか?」と受け流した。
実際はバリーやローラントのためにノアが手を汚すことはなんか違うと感じ、人の迷惑にならなそう所に捨ててきてとファイアドレイクに頼んだのだ。
人の居ない場所に島流しも少し過酷な気もしたが、すべからず犯罪者ということで強く生きろという結論となった。
「ご主人様~。金属塊を退かしてほしいのです」
ルーナと話していると砦跡からリーゼがやってきた。
現在の砦跡地は突貫工事で作った空堀と石壁により防御力を高めている。
砦に使われていた粉々になった石材からノームが作った特別製のため、元の石壁よりも硬度があり頑丈な一品となっている。
その上、壁の内部はリーゼの風の結界により肉眼では覗けない仕様だ。
「了解、了解!」
リーゼに連れられて、ノアはテクテクと金属塊に近づいていく。
途中、拠点建築に精を出す召喚獣たちが声をかけてきた、遠くではラウラさんとフィーネ、バリーの奥さんが自分たちの居住区をどうするか頭を悩ませているようだ。
よくよく考えれば……
砦跡地の中心に金属塊を残したままの交渉は、裏ギルドへの宣戦布告というか、完全な示威行為になってたね。
まあ、やってしまったことをなかったことにできないしと開き直り、ノアは金属塊を元の場所へ送還する。
「始まりますね」
「うん」
ルーナの言葉に頷き返してノアは太陽のような明るい笑みを浮かべた。
「マルタ―。竜が空を飛んで、魔獣たちが野を駆ける。そして森の中にはドライアドの秘密の花園と人魚の歌声響く湖でしたね?」
「うん」
ルーナはわずかに口角を上げ、「どこまでもついて行きます」と宣言する。
機械生命体の彼女の表情の変化は乏しいものだったが、ノアにはルーナが最上の笑みをくれたのがわかった。
これからの異世界生活も。ゲーム同様ずっと彼女が隣にいてくれるなら……
どんな困難も乗り越えられるだろう。
「よ~し、皆。やるよ!!!!」
未来は明るい。
ノアが空に手を突き出すと、召喚獣たちの答える声が幾重にも重なった。