裏切られた日
私シャルロット・リーズ・ソレイユはアフェクシオン王国の王城にて催されている舞踏会に参加している最中だ。
しかし煌びやかな会場で行われていたのは舞踏会に似つかわしくない断罪劇だった。
「エメリーヌ・ルイーズ・ラヴィーン!お前との婚約を破棄する!国から出て行け!」
高らかに婚約破棄宣言したのは第二王子ラザール・ランス・アフェクシオンだ。側には男爵令嬢のジゼルが立っており、ラザールに肩を抱かれている。
「何故でしょうか?理由をお聞かせください」
唐突な婚約破棄を受けたにも関わらず冷静に尋ねるエメリーヌに私は首を傾げた。
笑ってる?
正面から見ると扇子によって覆い隠されている口元も私が立っている横からは丸見え。エメリーヌは微かに笑っているのだ。
「お前は私の愛するジゼルを苛めたではないか!」
苛めていないでしょう。
この会場にいる大半の人がラザールが浮気しているという事情を知っている。そのため彼に向けられたのは呆れた表情ばかりだ。
エメリーヌが笑いたくなる気持ちも分かるわ。
「わたくしはそのような愚かな真似をしておりません」
「嘘をつくな!お前は公爵家の力を使いジゼルを学園や社交場で孤立させたではないか!そのせいでジゼルは友人を作れなかったのだぞ!」
ジゼルは第二王子をはじめとする婚約者のいる男性貴族達にベタベタしていたせいで女性貴族達の反感を買って孤立したのだ。
悪いのはジゼル本人と彼女を甘やかした男性達の方だろう。
「しておりません」
「発言を許可した覚えはないぞ!」
とんだ茶番劇だ。
多くの人がこの状況に飽きてきていた。しかし中にはそうじゃない人もいる。ふと隣に立っている婚約者の顔を見ると険しいものになっていた。
私の婚約者はエメリーヌに強い憧れを持っている。事あるごとに「ラヴィーン公爵令嬢が婚約者ならどれだけ良かったか」と言われてきた。
腹が立ったがエメリーヌは完璧な淑女と呼ばれる人物だ。そう思われても仕方ないと冷めた気持ちで彼からの言葉を受け取っていた。
それくらい強く思っているからこそエメリーヌが傷付けられている状況が許せないのだろう。
「ジゼルは私の妻となる存在!王族に手を出す事は大罪だ!よってお前を国外追放の刑と処す!」
婚約者から視線を移すと茶番劇も終幕のようだった。
呆れた顔をしたエメリーヌは一瞬こちらを確認した後ラザールに向かって淑女の礼をする。
「分かりましたわ」
その発言の直後だった。
私の婚約者が駆け足でエメリーヌの元へ走って行ったのだ。
なにをやってるのだと目を瞠っているとさらにあり得ない光景が目に飛び込んできた。
「エメリーヌ様!」
私の婚約者がエメリーヌを抱き締めたのだ。
即座に会場が騒めきに包まれた。
ラザールもジゼルも口を大きく開きアホ面を晒している。しかし一番この状況を理解出来ていないのは間違いなく私だ。
「ロイク、貴様なにをしているのだ…」
指を差しながらラザールが尋ねた。
「殿下、発言を許可してください」
「いいからなにをしているのか答えろ!」
「愛する人を助けようとしているのです!」
会場がシーンと静まり返る。
エメリーヌ以外の全員がぽかんと口を開いた。
「私ロイク・ルー・テーレはずっとエメリーヌ様をお慕いしておりました。ですがエメリーヌ様はラザール殿下の婚約者。諦めようと思っておりましたが、婚約の破棄をなさるというなら私が彼女を娶らせて頂きます!」
婚約者はエメリーヌと向かい合う。
「エメリーヌ様、私と共に国を出ましょう!」
「ええ、もちろんですわ!」
まるで恋人のように熱い視線を交わし合う二人。
いやいや、なに言ってるの。
ロイク、貴方は私の婚約者よ。
エメリーヌも知ってるはずよね?
「ろ、ロイク、貴様には婚約者がいるだろう」
「ええ、ですが私は彼女を愛しておりません。私は幼い頃からエメリーヌ様一筋です!」
その発言の直後、周囲の視線が一斉にこちらを向いた。
全員の顔色が悪い。
それもそうよね。伯爵家の次男坊が公爵家の娘を馬鹿にしたような態度を取ったのだから。
苛立つ気持ちを隠さずに微笑むと一斉に視線を逸らされた。
「いい加減にせんか!愚か者共!」
立ち上がり、威厳のある声を出したのは国王陛下だった。