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たしかに僕の今の体は特別製だ。
モノノ怪と言ってもいいやもしれん。
それを見破る手段も確かにかなり気になるが、魔王エルルが産まれて、それを見破れる人に会ったのは彼が初めて。
見破れるなんらかの手段を持つ人は少ないはずで、おそらくは桜花神拳とやらに関係するのだろう。
同じ流派を習得しているはずの大郷寺くんとやらや、盗賊達は誰1人として見破れなかったので、桜花神拳を学ぶ人の中でも特に強い人が見破ることができるのかな?と推察できる。
どんな手段で、どんな生き物に見えているのかは是非に聞いておきたいところ。
が、この際それは良い。
先も言ったように何らかの技術が、桜花神拳を使う人間に近づかなければ良いというくらいには分かる。
それだけ分かればとりあえずはいい。
しかし敵意を向けてくる理由がまるで分からない。
まだ何もしていない、いや、正確には魔王蝶々を侵入させたが、さすがに僕の指示で行ったことだとは分からないはず。
僕が来たのと同時に見慣れない蝶々が侵入したから何らかの関係があるだろうとのあたりを付けたから?
普通、疑いの段階で殺す気で拳を振るか?
そこは事情聴取くらいが妥当では?
もしくは修行風景を覗き見することに対して敵意を向けたのか?
殺すほどの?
それもしっくりこない。
確かに、前世ではそうした話を聞いたことがある。刀鍛冶の技を盗もうとした人間の腕を切り落としたとかいう話だ。
しかもその人間は弟子だか息子だかという親しい人間であったというから恐ろしい。
そんな話があるくらいなのだから修行風景を覗き見しようとした輩を殴り殺す、なんて話もあるやも。
とはいえ、大郷寺くんの言葉が本当ならば数年前までは盗賊になるような人間にも分け隔てなく桜花神拳とやらを教えていたはずだ。
法改正で不用意に教えてはダメとなったからといって覗き見、即死刑。というのは行き過ぎじゃないか?
単にモノノ怪絶対殺すマンなのか?
妻子がいるようなので、ある程度まともな思考回路を持ってると思われる彼が殺しにかかる理由としてはどれも弱い気がする。
「いきなり殺しにかかってくる理由に思い当たらないのだけど、それも教えてくれないのかな?」
1番ありそうな理由は黄泉国ではモノノ怪とやらは発見次第、悪即斬な文化だからってところだが。
ただそれにしたって、100年に1人生まれるかどうかレベルの美少女魔王をいきなり殺しにかかるとか、少しは躊躇いなさいよと言いたい。
「敵を相手に必要以上に喋る口は持たぬ」
そう言って彼は僕に急接近、拳を振り上げる。
もちろん無防備に攻撃を受けるはずもなし。
魔王エルルちゃんには自動リンクというスキルで僕のスキルを全て共有できるが、一度に共有できるスキルの数は魔王エルルちゃんの容量によって制限がある。
もとい防御スキルをほどほどに、膂力や反射速度を上げるスキルに、いくつかの超魔法シリーズスキルという構成で共有していたが、超魔法スキルの幾つかを無くして、近接用のスキルを共有。
つまり。
「ぬぅんっ!?」
超格闘スキルを共有した瞬間、彼の動きが手にとるように分かったため、相手の攻撃を避けつつ彼の土手っ腹に僕の拳を叩き込んだ。
彼は僕の拳を受けた勢いに逆らわずにそのまま後ずさる。
「実に…実に、面妖なことよ。先ほどまでの素人同然の振る舞いが嘘のように隙がなくなりおった」
「やっぱり、敵意を向けられる謂れは無いと思うんだよね。何か勘違いしてない?」
農家の敵である盗賊ならばまだしも、妻子もいるという彼を殺すのは出来れば避けたい。
いや、まあ結局のところ魔王を送り込むことになるのだが、直接手を下すよりはだいぶマシである。僕の手で殺すのは不快なわけで。
いや、もうこうなったらそれ用のスキルを創ってコロコロしてしまおうかな?
「ふん、とぼけおって。大郷寺には通用しても、この朧村、桜花神拳、『3束』、源流院 景虎に通用するとは思わぬことだ」
いや、ダメだ。
本来の目的を忘れてはいけない。
下手に騒ぎを起こせば醤油が手に入るどころではない。
理由は判明しないものの、魔王エルルちゃんは見られるだけでモノノ怪だと断定されて敵意を向けられるのだから、ここで暴れて指名手配されてしまえば見るだけで見抜ける人達も含めて沢山の人に追われかねない。
その最中に顔まで覚えられたら完全にアウト。
しかも、ここで傾国の美少女顔が逆に足を引っ張る。
なまじ見目が飛び抜けて良いから、目立ち易く発見しやすい。
なぜ僕は魔王エルルちゃんを超絶魔導美少女として創ってしまったのか。
地味な女の子で良かったじゃないかと今更ながらに後悔。
女神が如き美貌を持っていた方が旅先で出会う人々に優しくされるだろうと安易に考えたのが失敗である。
何はともあれ暴れるのはまだ控えておきたいところ。醤油の入手が難しくなる。
となれば。
僕に構っている場合じゃないようにしてやれば良い。
さあ、おいで。
魔王ミイデラゴミムシ!
「ぬあっ!?」
林の奥から颯爽と出てきて、源流院に体当たりしたのは黄色を基本に黒色がところどころ入った巨大昆虫である。
こいつは朧村に到着して見つけた昆虫を魔王化したものだ。
既存の生物は遺伝子から何処からやってきたのかがバレるかも知れないので魔王ゾウムシが倒されてからは控えていたが、ここは黄泉国の中な上、見つけた昆虫に思い入れがあった分、興奮した勢いのまま魔王化したものである。
名前 魔王ミイデラゴミムシ
生物強度 62
スキル 俊敏 超寿命 超外骨格 超魔力皮膜 膂力増強 巨大化 食性変化 一代全霊 魔力カノン
与えたスキルは基本的に魔王ゾウムシがベース。
ミイデラゴミムシとヤサイゾウムシの容量は特に変わらないが、人を倒せば斃すほど魔王クリエイターは強化され、効率が良くなるために使える容量自体は特に変わらなくとも、より沢山のスキルを付与できるようになった。つまり、魔王ゾウムシをベースにしながらも新規スキルが2種、俊敏と魔力大砲がある。
俊敏は機動力を増して、より早く、より動き易くするスキル。
そこまで目を引くスキルではない。
魔王ミイデラゴミムシの目玉は魔力カノンのスキルの方だ。
このスキルは一言で言うならミイデラゴミムシのとある能力を強化したものだ。
すなわち「屁」である。
ミイデラゴミムシは世にも珍しい屁をする虫で、その習性からへっぴり虫と呼ばれることもある。
体内で2種類の化学物質を別々の場所に保管しておき、天敵に襲われたり、飲み込まれた際にそれらを同時に排出して尾先から噴出。
それを吹きかけられた天敵は強い刺激臭と化学反応によって発生する100度近い温度の屁に晒されて逃げ出したり吐き出したりするという。
魔力カノンのスキルはこの屁を強化するスキルなのだ。
それだけではない。
ミイデラゴミムシは天敵であるカエルに飲み込まれて2時間近く消化されずに生きていられる生命力まで持っていると言う。
その生命力は一代全霊スキルの力の源になり、魔王ゾウムシと比べて二つのスキルしか増えていないにも関わらず、生物強度は62と非常に高い。
前世の小さい頃の僕は図鑑でミイデラゴミムシを知ってからと言うものの、その屁を見てみたいと言う理由で毎日探し回っていたものである。
ついぞ見つからず、僕が大きくなってから幼虫がケラという昆虫の卵に寄生して餌にするためにケラのいない場所では見つからないということを知ったのは悲しい思い出だ。
そうした思い入れがあった分、見つけた時には大興奮、とりあえずとばかりに魔王化してしまった。
とはいえ、それはむしろ好都合だったようだ。
「な、なんなの!?こいつは!?」
この誰何の声は目の前の源流院 景虎とやらではなく、僕のしらばっくれたびっくり声である。
せっかくの異世界産ミイデラゴミムシであるが、この子には適度に暴れてもらって、源流院には僕を相手にしている場合ではなくなってもらおう。
「はっ!そういえばここに殴り飛ばしたのはお前だった!さ、さては僕にモノノ怪だなんだとか言っておきながら、お前がコイツを生み出したんだなぁっ!?ここにコイツを待機させて、僕を殺すつもり…いや、命が惜しければエロいことをさせろと脅迫をするつもりだったんだなっ!?このゲス野郎っ!!」
「ぬ!?お、お主、何を言っておる!?」
「いやぁっ!?強面の筋肉ゴリラに犯されるぅっ!?」
「な、なんと人聞きの悪いっ!?っ!ま、待てぃっ!?逃げるでないわっ!?」
もちろん待つわけがないのだ。
ここは逃げさせてもらう。




