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リア・ホホイにとって、母親とは恐怖の代名詞であった。
何もしなくても怒られるし、何かをすれば必ず怒られる。
それはいつしかエスカレートしていき、徐々に笑うだけ、泣くだけと表情を変えるだけでも怒られるようになった。
幸い、暴力行為はさほどなかったものの気まぐれに振るわれる暴力はなかなかに堪えたし、表情を消すように過ごせるようになるまでかなり辛かったのを覚えている。
表情を消してもそれはそれで心無い言葉を浴びせられたが反応が薄い分、言っている側としても人形相手に怒鳴り散らすような感覚だったのだろう。
絡まれることは格段に減った。
それからは努めて無表情を作り、それが普通と言えるようになるまで時間はかからなかった。良くも悪くも子供の順応性ゆえだろう。
もっと幼い頃は普通の母親のように愛情を持って接してくれていたはずなのに。
そうでなければ乳飲み子の時点で死んでいたはずだ。
いつからこのようになったのだろうか？
リア・ホホイにとって父親とは同じ屋根の下にいる赤の他人だった。
母親の虐待に加わるわけではなく、しかし助けるわけでもない。父親であるという自覚があるのかすら怪しい無関心の極地。
まさに他人だ。
リアに対して金切り声を上げる母を鬱陶しく思っていたのか殆ど家にいることすらなく、女遊びばかりを熱心に探求する典型的な女好き。
なまじ見た目が良いだけに少し優しげな態度を見せるだけで女を食える、女はバカばかりで扱いやすい、お前の母親もまた世間知らずで…と珍しく家にいると思えばデロンデロンに酔って、子供に聞かせるべきではない…いや、聞かせても分からないようなことをベラベラと満足気に話してきたのがリアが覚えている限り、父親とのファーストコンタクトであった。
当時のリアにとってはそれでも自分と話してくれていると言う、事実に多少なりとも嬉しかったのを覚えている。
今となってはそれすらなく、あったとしても喜べない程度には完全に気持ちは離れているが。彼からは無関心。リアからも無関心というのが常態となったのはいつからだったか。
リア・ホホイにとって周囲の人間は背景同然のいてもいなくても変わらない存在であった。
彼女が虐待されているのは他の農家たちは早くに気づいた。
しかし、彼らは一人として手を差し伸べてはくれなかった。
それもそのはず。
母親はこの辺境を治める領主の娘であるレムザ・ホホイ。
父親はこの辺境で２つある豪農のうち、一つの1人息子。
その2人を敵に回す可能性を抱えてまで、見ず知らずの子供をどうにかしてあげようと言う人間はいない。
現実にはヒーローなど存在せず、虐げられた人々を救うにはそれにふさわしい組織やシステムの構築から始めて、集団で行わなくてはならない。
人は群れる生き物なのだから。
夢も希望もない話だ。
本来ならば彼女は救われぬまま、娘の美貌に対して嫉妬に狂った母が殺すか、好色な父に目をつけられ飼い殺されるか。
彼女の未来は決して良いものにはならなかったハズだ。
筈だったのだ。
リア・ホホイにとってエルルとは何を賭しても得るべき愛しい人だ。
彼女が子供ながらに未来に絶望していた時、一筋の光が差し込まれた。
彼女のヒーロー、エルル君の登場だ。
彼は他の人々が躊躇する中、なんの躊躇いもなくリア・ホホイを助けた。
実際は何かされたら魔王クリエイターで皆殺しにしちゃえば良いと言うヒーローにあるまじき思考のもと助けたのだが。
リア・ホホイの両親にとってそれは目障りではあったものの《《幸運にも》》、エルルはもう1人の豪農の孫であった。
ゆえに下手な貴族より影響力を持つ豪農は敵に回せないとレムザは下手に手を出せなかったし、父親はそもそも無関心。
下手に手を出せば魔王を差し向けられていたかもしれないことを考えればエルルが豪農の血筋に生まれたことをレムザたちは幸運に思うべきである。
こうしてリアは救われた。かに思えた。
