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スパイシー・モクテル

たとえ暗闇の中であろうと、淑女を落とすキスはしない

作者: パルコ

パルコ監督「このシリーズあと五本で終わるよー!」

NG集世界の淳&琴美「えっ?」

パルコ監督「早かったらあと四本だねー!」

NG集世界の淳&琴美「ええっっ!?」


お気に入りのカクテルとジャズが流れる洒落た空間で、心の内を晒したのは、愛してくれた人――

そんなエピソードとなっております。


今回は琴美ちゃんの心変わり回です!

シリーズのメインヒーローはほぼ出ません(^-^;

 私はあいつと、世界が望む純愛が作れないことを知っていた。

 だから、夜に相応しい、酩酊するくらい熱く、微かに甘いキスは、ひたすらに拒んでいた。

 暗い中では、お互いに誰を愛しているかなんて判別できないから

-------------------------------------------------------------------------------------



 平均身長より低い私の身長では、男性の顔に照準を合わせて会話をするのが難しい。それが長身の男性ならなおさら。

達樹(たつき)さん、カウンター空いてますよ」

「お! じゃああそこ座ろう」

長身の男性――達樹さんはワクワクした表情で言った。



 達樹さんは私が働くショップの店長で、物腰柔らかいトークと明るい中音域の声で若い女性のお客さんに人気だ。身長が186cmありながら細身の体型、なにより三十三歳とは思えない爽やかなベビーフェイスの持ち主。一介のアパレル店員とは思えない芸能人みたいなルックスなので、芸能事務所の人やメディア関係者から取材依頼やスカウトが来ることも多い。


 私が十八で『REVERSI(リバーシ)』に入社したときにはもう店長代理をやっているから、かなり仕事ができる人だ。あと、めちゃくちゃいい人だから、その頃から本気で恋するお客さんやアルバイトちゃんもかなりいた。



 今日は達樹さんが気になっているというバーに来ていた。シックな店内にスウィングが流れる王道のお洒落バーって感じ。私もかなり好きな雰囲気だ。

「いや~達樹さん。コレありがとうございます!」

「だってクロずっとそれ欲しいって言ってたじゃん。今回はその見返りだと思っていいよ」

達樹さんはそう言いながらボトムスのポケットから出したスマホをカウンターに置いた。


 今日、私が着ているレース切替の白いブラウスは、新着で入ってきた時から狙っていたけど、すぐに売り切れた。そんなわけで再入荷と聞いてすぐに達樹さんに取り置きをお願いしたけど、達樹さんは私が言う前に取り置いてくれた。さすが達樹さん、一生ついていきます。



 バーテンダーの女性に達樹さんはブラックベルベットを頼んだ。黒ビールとドライなシャンパンを使ったもので、辛党でビール好きな彼にぴったりのカクテルだ。


 アルコールに強い達樹さんの近くにいると、なんとなく自分でも飲みたくなってくる。

「クロは?」

「キッス・イン・ザ・ダーク」

私のオーダーに、達樹さんは「マジで?」と目を見開いた。珍しいと思ったんだろう。飲み会でも私がお酒を飲むことはそうないからね。


 達樹さんはタバコを咥えた。ジッポライターを持つ、大きいのに細身の手が妙に色っぽい。


 ――あいつとは違う、白く細長い指。

「あ、ごめん。いい?」

手元の視線に気づいた達樹さんが私に聞いてきた。

「どうぞ」

達樹さんがタバコに火をつける。少し顔を伏せたときに、前髪が端正な顔立ちに影をつくる。


 達樹さんが煙を吐きながら私に話しかけた。

「珍しいじゃん。クロが酒飲むの」

「飲めますよ。息するように飲むのが嫌いなだけで。コレ飲んだらノンアルいきますし」

私は弱いわけじゃないけど、アルコールが入った飲み物で胃が満たされる感覚が気持ち悪くて好きじゃない。だからアルコールをガバガバ飲むのが当たり前、というような飲み会は嫌いだし、ゆっくり飲めるバーでもショートカクテルを一杯飲むくらいだ。



 ブラックベルベットに少し遅れて、キッス・イン・ザ・ダークがカウンターに置かれた。

「やっぱ綺麗だな」

夕日が落ちて、暗闇に向かっていく空のような、深い赤褐色に見惚れる。口を付けると、チェリーブランデーの甘さの中に、ベルモットとジンの刺激的な風味を感じて、カクテルの中でも大人向けで、複雑な味がする。

「美味い?」

そう私に聞いてきた達樹さんは、ブラックベルベットをすでに半分飲んでいた。

「すごく」

「よかった」

達樹さんは口角を少し上げてから、ブラックベルベットを飲み干した。


 しばらくは静かな時間をお互いに楽しんだ。たまに他愛のない話で笑ったり、会話が途切れてまた静かな時間が流れたり。彼に安心感があるのは、話が面白いというほかに、無言でも気まずくならないというのもあるのかも知れない。



 モヒートをオーダーする達樹さんの声を聞きながら、自分の吐いた息が酒を帯びていることを自覚する。会話はなく、スウィングだけが店内に流れている。

「なぁクロ」

静寂を切ったのは、達樹さんだった。

「はい?」

「ケリつけないの?」


 その質問をされると、一瞬言葉が出なかった。禁句ではない。達樹さんの質問は、今後の私にとっては必要なんだ。必要で、いつか答えをださなきゃいけない質問だった。


 私がずるずると体の関係を続けている男――私が片思いし続ける男のこと。

「つけられないから、今も続いてます」

「どのくらい?」

「あと二ヶ月で二年です」

「二年」


 いつの間にか来ていた辛口のモヒートとは裏腹な、達樹さんの丸い声がカウンターに落ちた。モヒートを呷る彼の喉仏がくっと上下する。

「いや、ホントすみません心配かけて」

「ホントだよ。応援するより心配することの方が多いな。お前の恋愛は」

「うーん…ごめんなさい」

もう一度謝罪の言葉を伝えて、グラスに残ったキッス・イン・ザ・ダークを一口で呷った。


 強いアルコールが喉を通って、じわじわと心地よく脳を揺らす感覚。「女殺し」の別名を持つカクテルは、やっぱり酔いの回りが早い。

「すみません、レモンスカッシュ…甘さ控えめで作っていただけます?」

私のオーダーに、バーテンダーの女性は「かしこまりました」と穏やかにほほ笑んだ。

「達樹さんの彼女になれたら…幸せだったのかな?」

ふと思ったことが、声に出ていた。



 煙草の火を消す達樹さんは「ん?」と私を見る。「もう酔った?」と言いながら私の肩に触れて。その手は私の体温を確認しているようだった。

「いや違いますよ! 達樹さん優しいし、達樹さんのそばだと無理してないから、一般論としてどうなのかなーって」

「お前自分で振っといて」

カラカラ笑う達樹さんの言葉に、昔を思い出した。



 二十歳のとき、当時付き合っていた彼氏と喧嘩別れをした。元カレは高校時代に出会った部活の同級生メンバーで、三年くらい付き合っていたと思う。高校を卒業してからは、社会人の私と大学生の彼では時間が思うように取れないまますれ違って、私が仕事でクリスマスの予定を開けられないと話すと、元カレは烈火のごとく怒りだしてそのまま「別れてやる」と啖呵を切って別れた。そんな話。


 当時、元カレとの関係を相談したのも達樹さんだった。自分よりも年上だから相談しやすいし、男として彼の気持ちが分かるんじゃないかと思ったから。別れたことを話して、新しい恋を探すんだと切り替えようとしたとき、達樹さんから言われた。

『クロ、俺じゃダメ?』


 達樹さんに思われていたことは、知らなかった。その時は、達樹さんに恋愛感情はなかったし、信頼できる大切な先輩という認識だったため丁重に断った。



 そこまで思い出して、カウンターに置かれたレモンスカッシュに口を付けた。

「はい冗談です。そもそも達樹さんもう恋愛感情ないでしょ、私に」

「え? あるよ?」

「え?」

「あー…あるっていうかゼロじゃないって言った方がいいかも」

「じゃあ……どうして……」


 戸惑う私に、達樹さんはふぅ、と酒を帯びた息を吐いて私を見た。頬杖をついた彼の顔色は、バーに入ってからずっと変わっていない。

「今のお前が一番いい女だからだよ」

「あ……」

彼は気づいていない。今、私に向ける彼の目は恋じゃない。慈愛の目だ。

「お前は、彼に恋してから表情がくるくる変わるようになった。彼との関係に悩んで眉が下がったり、彼の些細な言動で静かに喜んで、傷ついた彼に寄り添いたいって言いながら優しく笑って」


 達樹さんが、一度言葉を切った。私からジッポライターに視線を移す。そのジッポーをくるくる手で弄りながら、また言葉を続けた。

「クロが彼に会ってなかったら、好きが溢れそうなくらいの恋をするクロを知ることが出来なかった。だから俺はそこに入り込む気はまったくないよ。そんな顔させるの俺には無理だもん」

「達樹さん……」



 兄のような、師のような。誰かを見守る目が、柔らかく目尻を下げた。だからこの人になら、今の私の気持ちを話してもいい気がした。

「達樹さん、引かないで、」

「うん?」

「引かないで、聞いて……」

「もちろん」

達樹さんが、真剣な顔で頷いた。私の言葉を蔑ろにしない彼だから、安心して話せる。


 重くなっていた口が、自然と開いていく。

「あいつ……好きな人いるんです」

達樹さんは、一つ間を置いて、口を開いた。

「彼が言ったの?」

「違う……そう思ったんです。あいつ結構わかりやすいから」

炭酸が弱くなったレモンスカッシュは、まどろっこしい私の喉を開けさせた。



 達樹さんは口を挟まない。グラスについたルージュを指で拭いながら、また口を開く。

「あいつは……(じゅん)は本来、人を正しく愛せる男のはずなんです。なのに、自分のルックスとかステータスとか、そういうものを雑にちらつかせて、割り切った関係しか作らない」

達樹さんは黙って頷いていた。モヒートに口もつけない。

「寂しがりで甘えたがりのくせに、他人からもらう愛は鬱陶しがるんです。冷たいシーツを温める誰かがいればいいだけで……」

グラスが滲んで見える。頬が汗をかくように濡れる。

「だから、淳の好きな人に……『淳がそうなったのは……全部あなたのせいだ』って……。『あなたは淳が愛した人なんだから、責任とってよ』って……」


 淳がずっと歪でいることを、私が願っていたのに。



 最近、夢を見た。私の目の前で、私と同い年くらいの女性と高校生くらいの男の子が向かい合っていた。

『頑張ってね、――。……一人でも、頑張って』

女性の顔は分からないし、彼女が呼んだ男の子の名前も聞き取れないけど、男の子を呼ぶ唇の形が綺麗な人だった。


 バシャンッッ!!!


 女性は、水になって消えた。彼女がいたのが幻だったように、目の前には水溜りと、どことなく淳に似ている男の子の慟哭だけだった。



 自分の考えていることが許せなかった。頭がぐちゃぐちゃで、言っていることがまとまらない。震えた声を戻そうとして息を吐いていると、達樹さんから綺麗なハンカチが差し出された。

「……すみません」

「いいよ。鼻かむなよ」

「かまないですよ」

軽く笑いながら、濡れた頬をハンカチで拭った。達樹さんの軽口に、沈んでいた気分も少し上がっていった。


 淳の自宅マンションに初めて入ったとき、シューズボックスの上に伏せられた写真立てを見つけた。それを見ようとも触ろうとも思わなかった。淳が怒るという理由もあったけど、一番は淳の大切な何かを踏み荒らしてしまう気がしたから。


 でも、淳の個人的な空間に入ったことで、線引きがブレた。一瞬ではあったけれど、淳に距離を詰められたことに焦って、割り切って振舞うのに苦労し始めている。



 ごめん、と柔らかいテノールのあと、グラスの氷がカラ、と動く音がした。

「かなり無神経なこと聞くわ」

達樹さんの言葉に「はい」と短い承諾の言葉を返す。

「クロ、彼の恋人になりたい?」

「ああ、諦めてます。淳が望んでないから」


 質問の答えはすぐに出たけど、鼻がツンとする。割り切った関係だったはずのあいつとの境界線が乱れたことで冷静さを欠いているんだ。信頼する達樹さんの前では、こみあげる熱い塊を飲み下すことが出来ない。

「ただ……今、確実に私が言えるのは、」

私はここまで言って、達樹さんのハンカチで目から流れる厄介な水を吸い取ってから、一つ深呼吸をした。

「うん」

達樹さんの相槌が、合図だった。

「…淳には、幸せじゃなくても……せめて穏やかに生きてほしいです」



 そっか、と達樹さんは言った。モヒートを飲み切った彼は、申し訳なさそうな目で私を見ている。

「ごめんクロ、傷つけた」

「達樹さんだから……」

達樹さんの謝罪の言葉に首を横に振った。ポンポンと私の背中を軽く叩く手つきは優しい。

「達樹さん、ちょっと熱いです……」

「うん、酔い回ったね。そろそろ行こっか」

「はい」



 バーを出て、駅までの道のりを達樹さんと歩く。素面のときと同じように歩いているつもりだけど、達樹さんから心配の目で見られている。

「おい大丈夫ー? 歩き方変だぞー?」

「え? でも千鳥足じゃないでしょ?」

「じゃないけどたまによろけそう」

「うそ~。そんなベロベロに酔ってないんだけどな」

「気をつけろよー。キッス・イン・ザ・ダークはレディキラーなんだぞー」

「はーい!」


 素直な返事をして、達樹さんの隣を歩いていく。仕事の話や友人の話、好きなテレビ番組の話で二人で爆笑しながら歩いているうちに駅に着いた。

「あ、着きましたね!」

「うん。一人で帰れる?」

「大丈夫です! タクシー使います」

「じゃあ大丈夫か。気をつけてな。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」



 タクシーに乗って、自宅アパート近くのコンビニを指定した。ドライバーの男性のぽつぽつとした質問に答えていると、LINEの着信がバッグの中から聞こえた。

「あ、すみません」

「いえいえ、どうぞ」

ドライバーに一言謝って、スマホを確認する

“坂巻淳”

一瞬ためらった。達樹さんに曝け出したあとで、淳に何を言うか分からなかった。


 少し間を置いて、応答をタップする。

「もしもし、何?」

『出んの遅えよ』

「だってこんな時間にかけてくると思わないじゃん」

『……はぁ、まあいいや。今、時間あんの?』

相変わらず自分本位な男だ。まあ、私の休みに合わせてくれるくらいには優しさのある男なのかもしれないけど。


 私は即座に「無理」と断った。

「明日休みだから飲んだの。お酒入ってるから使い物になんないよ」

『知ってる』

「え、なんで? 怖っ」

『いや何でもねえ』

「? うん」

気になる言葉があったものの、淳が答えたがらなかったのでスルーしておいた。


 淳の『とりあえず無理なんだな?』という言葉で切り替わったので、そのまま切り上げることにした。

「うん、またLINEして」

『わかった』

「はい、じゃあね」

『ん、じゃあ』

通話終了のボタンをタップした。用済みのスマホは、九時五分を示していた。



 淳が引いてくれて良かった。本来はそうやって淡々としているべきだし、アルコールを口実にしたけど、私も心の内にあるものを吐き出した直後に、冷静を装う自信もない。初めて、個人的な感情で断った。



 熱さの残る九月、クーラーのきいたタクシーで、星のない空を見てた。

コレを書いている最中の作者「あんな男やめちまえ!!!!」


ありがとうございます!

これからもシリーズをよろしくお願いします!


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