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第一章(3)


   ***


 ゆらゆらとおぼつかない足取りでアミネが鏡の間を辞すると、少女が駆け寄ってきた。

「アミネ様、アミネ様っ」

 身体に比べて少し大きすぎる巫女衣の裾を引きずりながらも、器用にかけてくる。アミネが腰を落とすと、少女は小さな腕をいっぱいに広げて抱きついた。

「おてて、怪我したの大丈夫。痛くないの」

「ありがとうございます、ユニ様。大丈夫ですよ」

 少女は不思議そうな顔でアミネを見あげた。

「ねぇねぇ。どうしてアミネ様はユニのこと、ユニ様なんて言うの」

「それはですね。……アミネはもう、シルメトの巫女ではないからですよ。大巫女様の命により、ユニ様よりずっとずうっと位の低いハイエワの巫女になってしまいました」

「なんで、なんでっ。アミネ様、なにも悪いことしてないでしょう」

「アミネは穢れ、シルメトの任を解かれましたから……」

「なんで、なんで、なんでぇっ……おてて怪我までしたのに、とっても痛いのに。アミネ様、なにも悪くないのに、悪くないのにぃ……わぁぁぁっ」

 ユニはアミネの巫女衣をぎゅっとつかんで泣き出した。静粛な神殿に泣き声が響く。

 すると奥の間から、ふくよかな美しい女性が現れた。美しい眉を寄せ、ユニをそのまま打ち叩きそうな勢いでみやると、細い目を更に細めてアミネを睨んだ。

 きっとアミネがいなければ、本当にユニのことを打っていただろう。

「早くお出なさい。神殿を穢すのですか」

「申し訳ありません、エリキ姫様」

「アミネ様、悪くないのにぃぃぃ、わぁぁぁっ」

 泣き喚くユニを抱きかかえて、アミネは立ち上がった。足早に辞そうとすると、すれ違いざまにエリキ姫は、その消えそうなほど細い目で再びアミネを一瞥した。唇が動く。聞こえないほどのつぶやき。

「……エナイシケにイアの巫女など勤められると思っているのかしらね、この醜女は」

 アミネの足が、止まった。

 醜女。分かっていても、その言葉には、どうしても引っ掛かってしまう。

 エリキ姫は、絶世の美女と評判だった。あごから頬にかけては、柔らかな曲線を描いている。控えめな丸い鼻。熟れた果実のような、小さな赤い唇。豊かでまっすぐな黒髪。薄い垂れた眉の下には、ほとんど線のような細いまなざしが輝いていた。

 一方のアミネは、大きな二皮眼で、長く濃いまつげがただでさえ大きな目を更に大きく見せていた。そのうえ、瞳は不気味に青みがかっている。鼻は慎ましやかとは縁遠いほど、高くて鋭くとがっている。

 痩せ気味で、ふっくらとはしていない頬には、笑うと醜いえくぼが浮かんだ。口は横に大きくて唇は薄く、獣のような白い歯が、はしたなく見えてしまう。

 そして、吊り上がり気味の濃い三日月の眉は、垂れた形に整えようとすると、なぜか必ず体調を崩すので、手入れがされていなかった。そのため、いつも怒っているようだとか、手入れをしないムラ娘と変わらない、などと噂されていた。

 エナイシケの奴婢には、彫りの深い顔付きが多い。アミネは彼らと同じ、典型的な品のない顔付き、『奴婢顔』だった。

 エリキ姫のような、穏やかさ漂う美女とは全く正反対。祭祀の鏡や水面に自分の姿が映る度にも、そのことは痛いほどに思い知らされる。とくにアミネは、醜い笑い顔が大嫌いだった。

 それに、顔付きだけではない。腰まである髪はいくら油を塗っても、手入れ不足のようにいつも赤茶けていた。手足もひょろりと長くて、体つきからして不格好だった。

 ただ、いくら醜くても自分はエナイシケではない。それだけは自信をもって言い切れた。

 出生は不明だが、もし本当にエナイシケならば、イアの巫女の候補に入れるはずがない。もちろんエリキ姫もそれを知りながら、嫌みに言っているだけ。

 だから、本当は全然、気にするようなことではない。いくら言われても、平気なこと。これも平常心を確かめるための訓練。気にしない、気にしない、気にしない……。

 そうは思っても、抉られたように心が痛んだ。

「大巫女様の前で、わらわを二度と侮辱するな」

「私は何も……」

「もう結構。その小さいのを連れて、さっさとお行き。……もう会うことも無いでしょうがね」

 エリキ姫に頭を下げると、アミネは神殿を辞した。

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