第一章(1)
第一章
『……それでは、まだ彼らが残っていたということか』
「はい。エリキ姫様が征伐をおこなった時には、巧妙にその気配を消し、やり過ごしたものと思われます。しかし、そのおおもとにあった神……古い楢木の神でしたが、真名を明かして封じましたので、二度と精霊たちも動くことはないでしょう。もうあの一帯は安全かと」
アミネはひれ伏したまま、答えた。
『ほう……。真名を明かして……』
蜜蝋で作られたろうそくがじりっと音を立てて揺れた。薄暗い光があたりを照らしている。
神殿の最深部に設けられた、鏡の間。暗い部屋であるにもかかわらず、御簾の向こうからは、おそろしいまでの光り輝く強い気配が押し寄せてくる。
御神体として祭られた鏡は、大王の妹君である大巫女の大鏡と繋がり、大神殿の神気が、仮の宮であるこの神殿にも流れ込んでいた。
すべてをあまねく覆う、貴きイアの威光。大巫女の存在も鏡を通して、御簾を払い手を伸ばせば触れられるほどに、近く感じられた。
『代償がその傷か』
アミネの左腕は、さらした布できつく縛られていた。
「それよりも、守りにつけていただいた兵を……」
『お前は役目を果たした。同じように彼らもその役割を果たしたに過ぎぬ。イアの礎となった英霊は手厚く祀り、家族には十分な金銀を渡すように指示してある。残された者も、ふつうに暮らせば一生困らないだろう。おまえが案ずることはない』
あの若い兵から、旅の途中に何度も話に聞いた、老いた両親と嫁入り前の二人の妹たち。
妹たちとのけんか。いたずらが過ぎて叱られたこと。成人の儀式で力試しで一番になったときの大騒ぎ。昇進してから久しぶりにムラへ戻ったときの喜びよう……。
一度も会ったことは無かったが、もう何年も前から知っているような気がしていた。
ものごころついたときには、すでに巫女寮で暮らしていたアミネは、家族、そして家庭での生活というものを、まったく知らなかった。
そんなアミネにとって、彼の話を聞いていると、自分も家族の一員として、ふつうのムラビトとして、一緒に暮らしているような気がした。
毎日が大変で、でも、暖かさと、強い絆があって。
だから、会いたかった。会って彼の死をつぐなわせてもらいたかった。
わずか数月をともに過ごした自分とは比べものにならない時間の重み。彼を失ったことを自分が悲しむのは、遺された家族への冒涜だろう。
罵って、痛めつけて、できれば……殺してもらいたかった。
叶わないことは、わかっている。
それだけに、金銀であがなえるはずはないにしても、彼らが単に打ち捨てられたのでは無かったことを、せめての救いだと思いたかった。