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第二章(10)


  ***


 アミネは熱気のこもる天幕に伏せていた。

 足音が聞こえる。

 顔を上げると、目の前にはリリルルと呼ばれた少女が立っていた。

「愚かよのぉ。フヒョヒョっ! 辺り一面、愚か者ばかりじゃ。現世うつしよはプノンに満ちておる」

 少女はケタケタと笑っている。赤く潤んだ目でアミネを見つめる様子は、まるで酒にでも酔っているかのようだった。

「やい、小娘。おぬしは人と神々精霊、どちらがプノンだと思う」

 熱気と悲しみでぼんやりとしたアミネには、何を問われたのか分からなかった。首を横に振ると、リリルルは牙のような白い歯をみせて笑う。

「ふふっ。わしは見いだしたぞ。それは精霊じゃ。そして神々じゃ。力あるものと言われながら、何もせずにのうのうと滅びる愚かなる存在じゃ。人に封じられながら『彼らはいつか、間違いに気づく』などというて、されるがまま、なすがまま。人に対してのわずかな抵抗も『彼らの目覚めのため』じゃと。ふんっ、笑わせるっ。まさにこの世の流れを見失った全くのプノンじゃ。だからの……」

 リリルルは両手を腰において、胸を反らせる。

「おぬしに手を貸してやろうと思うた。そろそろ神々や精霊には現世うつしよから退場頂いて、人が統べる時が訪れたとは思うわんか。どうじゃ。わしと共に森の神々を殺し、精霊を根絶やしにせんか。誇り高き人の世が始まるんじゃ……」

 怪しげな笑みを浮かべ、リリルルはアミネに近づいてきた。


  ***


 ユニは叫びそうになりながら目を覚ました。なにか、恐ろしいものが迫ってくる夢を見た気がする。暗闇に包まれていると、何も見えないことで心に湧き上がる不安で、今にも泣き出しそうな気分だった。

「アミネ様……」

 呼びかけても返事は帰ってこなかった。

 すぐ近くにあるはずの、石を円く組んで囲んだ焚き火は消えている。暗い中に、そのあたりだけ、ぼんやりと熾火の微かな赤い光が灯っていた。

 急に衣に染み込んだ汗を感じる。草の葉を揺らし、吹き抜ける風が冷たかった。

「アミネ様っ」

 声を張り上げても返事はない。

 ユニはあたりを見回してから、身体を起こした。ひょうと風に草木が揺れるたび、芯まで冷えてくる。

 冷えてくるのは身体だけではなかった。アミネの気配がない。

 いつも、悲しみを抱えながらも気丈に振る舞っていた、優しさと強さの混ざったユニとアミネを繋げる気配が、消えかかっている。それはほんのわずかに残されたたき火の灰に混ざる熾火と同じだった。ユニの心の底へ、ぽっかりと空いてしまった隙間から寒々としたものが流れ込んでくるように感じられた。

 アミネ様をさがさないと……。

 ユニは目をつむり、音を一つ、二つ、と呟きながら、自らの心の内側に入っていく。内側はひっくり返るように外側へと繋がり、そのままユニの意識は魂の形をとって身体を離れ始めた。

 ユニは慎重に魂の緒を残しながら身体を抜けた。

 現世と狭間の地を重なりと感じながらゆらりと宙を舞い、木々の間をすり抜ける。水の流れを感じる方角に、アミネの気配が残っていた。それはもうわずかな光にしかならないほど弱まり、その周囲を灰色の影が覆っている。

 そして、何かがアミネの魂を飲み込もうとしていた。それは前に感じたことのある懐かしいにおいと、何か血のような不吉なにおいとが混ざった印象の影だった。狭間の地で働きかけることのできる相手なら、今のうちに念を飛ばす方が良い。だが、この影は狭間の地と現世と、そして全く別の相にも繋がる存在だった。

 このままでは何もできないだろう。現世での直接的な働きかけの方が有効な感じを受ける。

 アミネが危ない。

 ユニは再び身体に戻ることにした。

 魂の緒を伝いながら徐々に来た道を戻る。だが、狭間の地へと魂の形になって出て行くのは比較的簡単だが、戻るのは難しかった。

 身体は魂を吐き出そうとする性質がある。まるで貝が異物を吐き出すように。もともと、魂と肉体という異なるものを無理に結びつけたのが、現世を闊歩する生き物だった。普通、一度離れた肉体と魂は結び付かない。つまりそれが死だ。死したものが二度と甦らないのは、魂と肉体の結び目が時と共に離れたら、二度と同じように結べないからだった。

 だが、ユニは自らの技で探索のために一度魂を肉体から離した。

 再び戻らなければ、肉体は朽ちて死を迎えてしまう。しかし魂の緒で結ばれていても、一度結びつきの弱まった肉体に魂を再び入るのは難しい。それはへその緒で繋がれた生まれたばかりの赤ん坊を腹の中に再び戻すようなことだった。

 つまり、時の流れが逆転しないと実現しない。

 ユニは意識を時の流れに合わせ、思考を逆転させていく。記憶の全てが逆さまに流れていく。

 水の流れは下流から上流へと引き上がり、落ち葉は大地から枝に吸い付くように舞い上がっていく。水の滴は水面から盛り上がって宙を舞い、動物たちは後ろへと後ずさっていく。

 その一連の逆転した時の流れ沿って、ユニの魂は再び肉体へと吸い込まれていった。

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