第二章(6)
熱い。
アミネの心に浮かんだ一番初めの言葉はそれだった。
全身を滝のように流れる汗。麻の衣がべっとりと身体に張り付いている。
空気は焼けるような熱い湿気を含んで、いぶくさい。すぐ傍らでは、ぱちぱちと小枝のはぜる音が聞こえる。
遠くには川の流れる音が聞こえた。
アミネはゆっくりと目を開く。
形よく組まれたたき火が、すぐ近くで炎を上げていた。その中では大きな石塊が焼かれ、赤黒く輝いている。
頭の上には、木の柱に支えられた骨組みに、草の茎葉を葺いた天幕のようなものが見えた。ススで黒ずんだ内側に、影が揺れる。
「気づいたか」
エナイシケの若者、ヤツヒだった。
その姿に、アミネは一瞬身を固めた。
ヤツヒは腰から上には何もまとっていない。引き締まった身体。つややかな肌には、ところどころ渦のような文様が描きこまれている。汗の滴る胸板は、まるで油を塗ったように赤い炎を映していた。少しやつれたように見える顔には、不精髭がうっすらと浮かび、窪んだ目が暗闇からアミネを見つめていた。まるで獣のような、鋭い眼差し。
アミネは目をそらせ、頷いた。
「運よく、戻ってこれたな」
ヤツヒがじっとこちらを見つめ続けているのを感じる。居心地の悪さに比べ、身体の様子は思った以上に心地よかった。少し痛みが残っていたが、脚もほぼ問題ない。
立ち上がろうとすると、ヤツヒが手を差し伸べた。
思わず出しかけた手を、アミネはあわてて引っ込めた。
「……ばかにするな。一人で立てる」
「まだ、無理だと思うがな」
腹に気合をいれ、脚に力を込める。少しずつ腰が上がった。
「ほらみろ。立つことなど造作ないでは……」
ところが急に身体が傾き始めた。平衡を崩したアミネは、そのままたき火の方に倒れていく。
このままでは完全に火の中に身を投じるような格好だ。炎の舌と焼けた石が、少しずつ近づいてくる。
炎の揺らぎと、舞い上がる火の粉の動きが、あまりにも間延びして見えた。だが、身体のほうはまるで自由がきかない。悲鳴を上げる間もなく、炎に巻き込まれ、灼熱の石に焼かれるしかなかった。
倒れる一瞬、アミネはふと風を感じた。
気づくと、ヤツヒの腕に抱きかかえれ、炎から遠ざけられていた。間近に迫ったその瞳に、心の奥底まで覗き込まれるような格好だった
「な、何をするっ!」
「俺も困るんだ。あんたが身体を大事にしてくれないと」
「エナイシケに情けをかけられるほどイアの巫女は落ちぶれてはいない! ええいっ、放せっ!」
アミネが暴れようとすると、ヤツヒは背を軽く、ほとんど触れるようにはたいた。
身体の髄に鈍い衝撃が走る。目の前のすべてが赤く光り、とたんに視界が暗くなった。腕や脚の力が完全に抜け、身体がまったく動かない。
「神殺しに情けなぞかけるものかっ」
手足に力の入らないアミネは、無造作に砂の上にほうり出された。
「誰が、おまえなんかに……。俺達が必要なのはその身体だけだ。魂支えも、精霊の言葉に従って身体の傷みを防ぐために仕方なく行っただけだ。自惚れるのもいいかげんにしろ。本当なら、この場でおまえなぞっ……」
衝撃を受ける。仰向けとなったアミネにヤツヒが覆いかぶさるようにして乗りかかっていた。