表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/28

第二章(5)

 やがて水の泡立ちは、沸騰した湯のように強烈な熱を伴ってきた。大気は熱くなり、吹きかかる蒸気から逃げるようにしてアミネは、背を向け駆け出した。

 水しぶきを上げ走る。

 丸かったはずの川底の石は尖り、まるで幾千もの刃を突き立てたようになっていた。

 水底に潜む影の気配が熱気とともに迫った。足の切れる痛みに歯を食いしばり、漆黒をアミネは走り続けた。流れ出る血が水の流れに黒赤い帯となって、光を発していく。その色はまるで、背後に迫りつつある水底の二つの赤と同じだった。

 アミネは走った。

 吸い込む熱が、喉と胸を焼く。

 足元の水はどんどん熱くなっていく。

 身体中が汗を吹いた。だが、迫りくる存在の放つ恐怖に、芯の方は氷のように冷たく固まっている。

 息が切れる。

 心の臓も切れかかっていた。

 まるで払われたように足が重なり、アミネは熱湯へ伏せ倒れた。全身を川底の石刃が貫く。あまりの痛みに悲鳴を上げ、アミネは宙を仰いだ。

 涙がこぼれる。視界に広がる暗闇に、小さな点のような輝きがあった。はじめは涙の滴が、たまたま光を映しただけかと思ったが、それは少しずつ大きくなり、立ち込める暗黒の霧を引き裂く青白い光となる。

 強く細い光。

 それはまるで風に揺れる布のように闇を照らしていた。まゆい光の中には、黒い影があった。一瞬、すっと熱を払う心地よい微風。

 それまで近づいてきた熱気が弱まる。背後から迫っていた存在は、突然現れた光に戸惑い、ためらっているようだった。しかし、しばらくすると再び熱気が強まりはじめた。

 迫りくる気配。血にまみれ、傷尽き果てたアミネは、もう逃げ出す気力もなかった。

 降り注ぐ光を仰ぐ。

 光の中にあった影が、ゆっくりと降りてくる。大きく羽を広げた鳥の姿だった。鷲だろうか。鋭い瞳がアミネを見つめていた。

 舞い降りた鳥は、アミネを翼でそっと覆った。柔らかな羽毛の感触がアミネの傷ついた身体を包んでいる。先程までの強烈な熱気とは全く違う、羽根で覆われた暖かな暗闇。

 アミネの夢の記憶にあるのは、それが最後だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ